高田保馬博士

遺族から寄贈された著書や書簡などが並ぶ「高田保馬博士の遺品展」

 高田保馬博士は明治16(1883)年、三日月村(現小城市三日月町)に生まれた。昭和47(1972)年に亡くなるまで社会学・経済学に関する著作を多く残し、佐賀県内の小中高校11校の校歌を作詞したことで知られている。

 小城市立歴史資料館では、高田保馬のご遺族から2019年12月、著書や書簡などの遺品126点の寄贈を受けた。今年2月2日から寄贈資料を紹介する展示を行っており、旧制中学時代の成績表、アルバム、書簡などを展示している。

 展示資料から小城市立三里小学校校歌制定に関わるものを紹介したい。

 昭和32(1957)年6月付で、三里小学校校長・育友会会長が校区内の三岳寺住職古賀慶三(けいざぶ)氏を通じて校歌作詞を依頼している。「民主日本の次代を担うに足る明るく強くそして希望に燃え立つ子供の歌」を作ってほしいと伝えている。

 当時、三里小では、校歌制作が重点施策となっており、既に三日月小・中学校、小城中学校校歌を作詞した高田保馬に依頼をすることになったようである。高田保馬は京都市居住で、三岳寺の本山である南禅寺(京都市)に向かう古賀慶三氏に書簡を託したものと思われる。

 三里小学校校歌は高田保馬作詞により昭和33年に制定された。

(小城市教育委員会文化課・田久保佳寛)

 ※「高田保馬博士の遺品展」は3月14日まで。期間中の休館日は毎週月曜と2月11、23日。入場無料

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