無地唐津筒盃(むじからつつつはい) 銘「にぎり石」
(口径6センチ、器高5.7センチ 高台径3.4センチ 桃山時代)

撮影・村多正俊

  テレワーク開始からはや1年がたった。状況は好転せず、2度目の緊急事態宣言に加え、身の周りで日に日に増える罹患(りかん)者の数に「正しく恐れる」としながら神経質になっている自分がいる。出社は週に1度、買い物や散歩以外はほぼ自宅に籠(こも)っている感じだ。業務を進めるうえで不自由はなく、オンライン会議でコミュニケーションも問題なし。それゆえ、唐津の宮島醤油さん映像プロデュースもストレスなく行うことができた。このテレワーク1年で学んだことは、効率的に仕事を進めるにはオンオフの切り替えが平常時以上に重要だ、ということ。オンタイムはタイムマネジメントのもとに業務を遂行、時間がきたら躊躇(ちゅうちょ)せずに切り上げてオフタイムに移行することが肝要だ。オフになったらゆっくり食事をとり、就寝まで本を読んだりして脳を休めることなどを心掛けている。

見込(左)と高台 撮影・村多正俊

 そんな新たなルーティンで僕がプライオリティーを置いているのが就寝前の「独酌」だ。熱めに燗(かん)をつけた純米酒を1合きっちり。それをゆっくり呑(の)みながら一日を振り返り、さらに明日への自分のマインドセットを行う。「今までも独酌してたじゃん、呑みたいだけでしょ!」と突っ込みが入りそうだが、そこには「愉(たの)しむ酒」というより「自分を整える酒」という明確な違いがある。そんな独酌ゆえ、酒器の取り合わせも日々とっかえひっかえではなく同じものを、というルールを設け、李朝堅手徳利(とっくり)と無地唐津筒盃のコンビネーションをそれに充てている。

 その筒盃。手持ちの指からじんわりと伝わってくる燗酒の温かさがここちよい安堵(あんど)感をもたらしてくれる。この盃はもとより器胎が厚く、見た目以上にググっと重い。そこにある種の武骨さ、頼もしさがあり、「そう、これこれ!」と僕の琴線を震わせ、コロナ禍でセンシティブになっている心を癒やしてくれるのだ。

 たまたま出会って、手元にやってきて、10年以上がたつ。形や大きさなど、あまりに「古唐津筒盃の典型」を備えていたので勧めてくれた骨董屋さんに「これ、贋物(がんぶつ)ですよね?」と問うた記憶がある。きらびやかなものではなく、濃い緑色を呈する釉調は地味だがその佇(たたず)まいが気に入っている。燗酒を注ぐと深い見込が揺らめき、同時にふわっと立ちのぼる酒の香りを感じるたびに僕の筒への想(おも)いは深まっていく。

 新たな日常…言うは易く、行うは難し。この山を乗り越えるにはまだまだ時がかかりそう。毎夜の独酌、桃山の筒盃を握りしめながら、僕は明日への意を新たにする。


 

むらた・まさとし 1966年、東京都町田市生まれ。ポニーキャニオン・エリアアライアンス部長として、地域活性化事業をプロデュース。古唐津研究交流会所属。世田谷区在住。

 

解説

 今回は、コロナ禍での僕の「新たな習慣」について綴りました。

 本当に身近でいろいろ起こっていて、とにもかくにも密を避けている日々です。拙宅は東京オリンピック馬術競技場の至近にあります。タペストリーやフラッグ、キャラクターがまちを彩っているわけですが、そこに記されている「TOKYO2020」を目にするたびに複雑な気持ちになります。当面は姿の見えぬ敵に相対していくしかありません。皆さまもご自愛ください。

 さて、今回は無地唐津筒盃をとりあげました。古唐津好きの間で盃、と言えば「斑唐津の筒」が圧倒的なアイコンな訳ですが、僕としてはどうにも無地唐津の、特に武骨な形(なり)の盃に魅かれます。今回の盃はここで何度か綴ってきた草木の灰や砂岩を水簸したうわずみを用いた土灰釉と言われる釉薬が施されています。窯中で酸素が少ないところに置かれたために釉は濃い緑色を呈しています。枇杷色あがりの古唐津も良いけれど、個人的に酒映えは還元炎焼成に軍配があがる、と思っています。なぜか、というと佐賀、長崎両県に分布する数多の窯跡ちかくには必ず小川があります(窯場は作業工程で水を必要としていたので、陶工はそういう場を意図的に選び、窯を築いた)。無地唐津はそういった小川の、清らかな川面が思い起こされ、ほっこりするがゆえ、なんです。

 この筒盃がどこで作られたか、なのですが…僕は伊万里市松浦町山形にあった藤ノ川内(ふじのかわち)窯~別名 茅ノ谷(かやんたに)窯のものではないか、と思っています。その論拠は、この筒盃のような口辺が反らない、スッとした立ち上がりは他の古唐津系にはそう多く見られず、この窯跡から出土した陶片に類型が多くあるがゆえ、です。逆紡錘形の見込もこの窯の独特のもの、だったりします。この窯では鉄釉と白濁釉を掛け分けた朝鮮唐津、斑唐津、黒唐津、絵唐津、無地唐津等の茶陶から日常雑器にいたるまで実に幅広い器が焼かれていました。

藤ノ川内古窯陶片

 調査によると全長52メートルもの連房式登窯が稼働していたよう。令和の今、窯跡は実に静かな里山に包まれた集落にあり、訪れるたびに400年以上前に朝鮮半島からやってきた陶工を核にプロデューサーたる日本人商人が生き生きと差配をし、商品を畿内に出荷していた様子が想われ、心が躍ります。

 筒盃、ということで、もうひとつ、私のもとに遊びに来ている(友人からお借りしている)筒盃もご紹介しましょう。

黒唐津筒盃 口径6.5センチ 器高6センチ 高台径4.7センチ 江戸初期

 

 大振りで向付の盃見立て。全体に地味でありながらもたくましい伝世品で土見せ部位は使用による摩耗、経年変化による着色でオリジナルの土味が判別できず、産地を決め込むのが難しい。径の大きな高台、口辺の厚さ、鉄分多めの土、そして兜巾の形から武雄市北部の、黒牟田あたりに点在する古唐津系の窯で作られたのでは、と思っています。鉄釉の筒は珍品の類に入るのではないでしょうか。

黒唐津筒盃 見込み(左)と高台

 何度もここで記していますが…古唐津の盃で佐賀ん酒をぐいっとあおると気持ちは肥前に飛んでいきます。前向きに日々を送り、自分を整えながらコロナと向き合い、前進したいと思います。

 最後に自分の仕事関連についてひとこと。
 唐津市宮島醤油さんのブランデッドムービーをプロデュースしました。
 唐津焼もちょろっ、と出てきます。よろしければご視聴ください!

 

宮島醤油ブランデッドムービー

「美味しいは幸せの調味料だ~孫編」

 

「美味しいは幸せの調味料だ~祖母編」

(テキスト・写真:村多正俊)

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