まだ印刷技術がなかった奈良時代、「写経生」という役人がいた。仏教を広めるため、経文を書き写す仕事で、1文字間違えるごとに減給される厳しいものだった。気が抜けない職場で朝から晩までひたすら机に向かう日々。足腰を痛め「立ったり座ったりがつらい」と訴える書類が、奈良・正倉院に数多く残されていたという◆それから1300年たっても、「座りすぎ」の悩みは解消できないらしい。日本人が1日に座って過ごす時間は平均7時間。畳で安らぐ生活文化を背景に先進国で最も長い。1日8時間以上座っていると、血中の糖や中性脂肪の流れが悪くなり、生活習慣病の危険が高まるのだとか◆先ごろ公表された昨年分の家計調査で、旅行やレジャー費用、外食の飲酒代、背広、口紅などの支出が大きく減った。逆に増えたのはゲームソフトや家飲み用のお酒、パソコン、テレビなど。コロナ禍は日本人を一層「座りすぎ」にしている◆わが身を削りながら写経に励んだ先人に比べれば、ずいぶんのんきな「巣ごもり」である。他人が見ていないと、人はつい体に悪い姿勢で腰を下ろすものかもしれない◆座りっぱなしで1文字1文字マス目を埋める小欄も、腰をさすりつつ写経生の気分に浸ってみる。立ち上がって青空でも眺めたいのだが、書き終わらないうちにまた日が暮れた。(桑)

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