めんや野菜をゆでた熱湯を流しに捨てる。むかしの人は、まず水を流して「すみません」と言ってから、ゆで汁をこぼしたという。流しの向こうには、どんな小さな生きものがすんでいるかわからない。「見えないもの」のいのちにも心寄せて頭を下げた◆そんな文化も、コロナ禍で他人との距離ばかり気にして暮らしていると、どこかいびつになる。レジの順番を譲ってもらったり、日常のちょっとした親切にも、「ありがとう」より「すいません」「ごめんなさい」と言ってしまう。いつくしみとは別の、見えない何かに頭を下げ続けている◆感染して自宅療養中だった東京都内の女性が先月末、いのちを絶ったという。報道によると、家族にうつしたと悩み、謝罪するような内容の走り書きが残されていた。たまたまウイルスが拡散する経路に選ばれてしまった不幸な人が、周囲に迷惑をかけたと自分を責める。痛ましいというほかない◆「ごめんねじゃないからね」。集団感染で休園を余儀なくされた鳥栖市の保育所に、園児からこんな手紙が届いたと、きのうの本紙で読んだ。保育士さんたちはきっと、自分のせいでもないのに、子どもたちや保護者に「ごめんね」「すみません」と謝ってばかりだったのだろう◆人の心が見えにくいいま、誰かを救う言葉はそう、「ごめんね」じゃない。(桑)

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