還暦を迎えた病院の院長が、お祝いの宴席で余興に駆り出された。目隠しをして、握手した5人の女性の中から奥さんを当てるゲームである。「この人です」と手を取って目隠しを外すと、苦労をともにしてきた妻の顔があった。さすが、と会場は沸いたが、院長の思いは複雑だった。〈私は一番荒れている手を選んだのである〉(上野恭一「妻の手」)◆人の手は、人生を刻んだ年輪のようなものかもしれない。大きさ、ぬくもり、皮膚の感触、握り方、力強さ…そんな断片にも人柄はにじむ。むかしの政治家は「握った手の数しか票は出ない」と言ったそうだが、言葉よりたしかなものがあるのも、選挙の一つの真実なのだろう◆きのうの唐津市長選と市議選、白石町議選はいずれも投票率が振るわなかった。感染防止のため握手ができず、大規模な集会や個人演説会も厳しいコロナ禍の選挙戦は、選ぶ側と選ばれる側の思いをつなぐのが一段とむずかしい◆合併して自治体の規模が大きくなっても、人口減少に歯止めはかからない。観光や農業といった地域の基幹産業がいま直面する苦境を脱する手だてはあるのか。言葉だけではない「たしかなもの」を住民は待ち望んでいる◆当選された方々がこんど、握手の手を差し伸べてきたとき、地域のために懸命に働いて荒れた手になっているといい。(桑)

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