神埼市の櫛田宮にある「神埼発祥」の碑

 奈良時代の和銅6(713)年、政府が全国に地名や伝承、産物などを記録し提出させて編さんしたのが、日本最古の地誌「風土記」である。現在の佐賀県、長崎県のエリアを奈良時代に記録しつづったのが肥前風土記。

 この肥前風土記に、神埼のことが記述されている。これを現代風に訳すと「昔、この里に気性の荒い神がいて、往来の人が多く殺害されたり、災害が多発した。景行天皇がこの地を巡幸された折、悪さをする神を祭って鎮められ、気の荒いは穏やかになり、神の幸を賜る里になったことから、神幸(かみさち)といい、後に神埼というようになった」。これが肥前風土記にある神埼の地名起源説である。

 この神を奉祀(ほうし)した神社が神埼町の櫛田宮であり、本殿の北側には「神埼発祥の碑」が建立されている。この碑のある地を櫛山と称し、櫛田大神が最初に祭られた場所でもある。

(地域リポーター・江原邦興=神埼市)

このエントリーをはてなブックマークに追加