帝政ロシアの時代、流刑地に送られた囚人たちの前には、バケツが二つ置かれたという。右のバケツに水がいっぱい張ってあり、それを左の空のバケツに移す。こんどは右のバケツに移して、また左のバケツへ…。この作業が果てしなく続く刑罰である◆〈これが罪人にもっとも過酷であったのは、それが意味のない行為だったからである〉と哲学者の鷲田清一さんが書いている。個人や店舗への罰則強化を柱とした新型コロナ関連の法改正は、与野党の修正協議が難航している。感染防止の実効性を高めたいとはいえ、病むことは罪ではない。社会的制裁が病を隠し、差別を生んだ歴史を考えれば、罰則に意味があるとは思えない◆こんなときに与党幹部は高級クラブで深夜まではしご酒。こうした方々に「国民は危機意識を持て」とムチ打たれようとしているわけか。国会で問われた首相は処分を明言した。罰則また罰則。あぁ◆目、耳、鼻、口、皮膚…人間の感覚器はすべて外部に向けられていて、自分の内側には向いていない。だから、他人には厳しく、自分には甘くなってしまうのだとか◆昨年末、全国の寺院の前に張られた教えを集めた「輝け!お寺の掲示板大賞」で最高賞に選ばれた言葉を思い返す。〈コロナより怖いのは人間だった〉。いまほど人の知恵が問われている時代はない。(桑)

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