小惑星探査機「はやぶさ」と「はやぶさ2」の実物大レプリカを展示する特別展「ワンダー コスモス~はやぶさ2と宇宙の旅」が、武雄市の佐賀県立宇宙科学館で開かれている。3月7日までで、日本の“お家芸”とも言える最先端の宇宙開発にふれる機会だ。

 県立宇宙科学館のモットーは「宇宙から地球、佐賀を発見する。佐賀から地球、宇宙を発見する」。館長の渡辺勝巳さんは、宇宙航空研究開発機構(JAXA)で長年、広報・普及活動を担ってきた人物。最近の宇宙開発の動きを「これまでの国家プロジェクトから民間へと主役が移り、局面がまったく変わった。その中で、日本人宇宙飛行士に対する信頼は高まっている」と指摘する。

 昨年末、アメリカの「スペースX」社が自社開発の宇宙船「クルードラゴン」で、民間企業としては初めて国際宇宙ステーションへの物資輸送に成功した。そのミッションにも、日本人宇宙飛行士野口聡一さんが選ばれた。

 今後数年間、毎年、日本人が宇宙へと向かうことになるが、興味深いのは、その年齢である。野口さんの55歳をはじめ、50代が中心で、経験と体力を兼ね備えたベテランぞろいだ。

 もっとも、これまで最高齢の宇宙飛行士はアメリカのジョン・ハーシェル・グレンで、1998年にスペース・シャトルに乗って2度目に宇宙に滞在した時は77歳だった。「人生100年時代」を先取りしていたと言えそうだ。

 渡辺館長の夢は「佐賀から宇宙飛行士を」と大きくふくらむ。それは決して夢物語ではないだろう。

 例えば、女性2人目の日本人宇宙飛行士山崎直子さんは子ども時代、地元千葉県の松戸市民会館プラネタリウム室に通い、宇宙への夢を育んだ。そのプラネタリウムは現在、「NAOKO SPACE PLANETARIUM(ナオコ スペース プラネタリウム)」と名付けられ、山崎さん自身が名誉館長を務めている。

 佐賀から宇宙飛行士誕生の夢。いかにして子どもたちの宇宙への興味・関心を引き出すか。

 今回、レプリカを展示している初代はやぶさは、小惑星「イトカワ」からのサンプル採取に成功。2010年6月地球へ帰還し、サンプルの入ったカプセルを届けたが、その機体は大気圏で燃え尽きた。満身創(そう)痍(い)でミッションをやり遂げた姿は、日本中に大きな感動を与えた。

 はやぶさ2は、初代はやぶさとは打って変わって、極めて順調にミッションをこなした。小惑星から試料を回収する「サンプルリターン」は、今や日本のお家芸だ。

 はるかかなたの小惑星の一つには、県立宇宙科学館の愛称「ゆめぎんが」が名付けられてもいる。これから先も、子どもたちの夢を育む施設であり続けてほしい。

 ただ、開館から20年余りがたち、老朽化も目立つ。特に宇宙発見ゾーンは、日進月歩の宇宙開発が十分に反映されているとは言いがたい。大幅なリニューアルの時期を迎えているのではないか。

 今月30日には宇宙飛行士の油井亀美也(ゆいきみや)さん(50)も来佐し、「宇宙で気付いた人類の未来」をテーマに語る。コロナ禍の今、耳を傾けたい。(古賀史生)

 

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