基山町宮浦の洗心寮

 基山町宮浦の児童養護施設「洗心寮」(調浄信理事長)は、75年前の1946年1月18日、太平洋戦争の終結でフィリピンから博多港への引揚者2千人のうち身寄りのない孤児9人の収容事業から始まり、5月には北朝鮮、11月には満州(中国の東北部)からの引き揚げ孤児を迎える。

 寮は、隣接する洗心山因通寺第15世住職、調龍叡(しらべ・りゅうえい)師(1878~1947)が、戦争で親兄弟を亡くし、天涯孤独の身となった戦災孤児を救おうと45年12月28日、名称を「戦争罹災(りさい)児救護教養所・洗心寮」として開設した。孤児たちは当初、寺の本堂や庫裏などで生活した。

 昭和天皇は九州御巡幸に際し49年5月22日、因通寺洗心寮に行幸を賜った。陛下の行幸は、失意と不安の中に暮らす孤児たちに、大きな希望と感激をもたらした。

 調理事長は「寮創設の龍叡師の思いを胸に、陛下行幸の栄に恥じることのないよう精進したい」と、創設75年の感慨を述べた。「洗心寮」の名は因通寺の山号・洗心山に由来する。(地域リポーター・久保山正和=基山町小倉)

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