政府は新型コロナウイルス特別措置法に基づく休業、時短要請に強制力を持たせるため罰則と財政支援を盛り込む改正案を通常国会に提出する。だが国民の財産権、生存権を保障する憲法上、たとえ危機時でも私権制限は最小限にするべきだ。

 そもそも特措法改正は、最初の緊急事態宣言が発令された昨春の第1波当時から全国知事会や与野党が要請していた。過去にないほど第3波が深刻化してから慌てて本格検討したのは、あまりに遅く大局観を欠いた対応と言わざるを得ない。

 現行法は要請に応じない事業者の店舗名公表や行政処分に当たる休業指示はできるが、罰則はない。全国知事会は宣言発令中の昨年4月、休業要請に応じない事業者に罰則規定を設ける対策強化を要望。大阪府のパチンコ店など一部で店名を公表しても営業を続けるケースがあり、実効性に疑問の声が出たためだ。

 同時に、休業要請に応じた事業者には国の責任での損失補償を求めたが、政府は当時「特措法に規定がない」と拒否。このため「知事ができるのは事実上お願いに近い」(吉村洋文大阪府知事)と罰則と補償の法制化が必要との声が高まった。

 しかし「事態収束後、特措法がより良い仕組みとなるよう検討する」とした安倍晋三前首相に続き菅義偉首相も腰が重かった。規制を強めれば経済再生が遠のく上、国は休業補償で財政支出が一層かさむ。それを懸念する政府は私権制限を「必要最小限とする」とした現行法規定を盾に先送りを続けた。罰則の是非はおくとしても、政府が財政支援に後ろ向きだったのは現場で奮闘する自治体や事業者に不誠実だ。

 その菅首相は年末の仕事納め直前に方向転換する。「給付金と罰則をセットにすれば実効性が上がる」として特措法改正案の国会提出、早期成立を表明。背景には観光支援事業「Go To トラベル」停止判断の遅れ、感染者が急増する中での内閣支持率急落があったのは間違いない。

 安倍前首相の「桜を見る会」問題再燃、吉川貴盛元農相の現金受領疑惑などもあり、冒頭から野党の追及激化が予想される国会を乗り切る「緩衝材」として特措法改正に飛びついた側面も強い。首相は方向転換するなら、従来の姿勢を自己検証し反省点を国民の前で説明した上でするべきだ。

 罰則とは本来、反社会的な犯罪行為をした悪意の人に科すものだ。家族や従業員の生活のため、あるいは経営破綻を避けようと、やむを得ず休業要請に応じられない人の「生きる権利」を抑制する罰則はできれば避けたい。行政罰である過料にとどめる政府案は妥当だ。

 政府は感染者が入院勧告を拒否した場合に刑事罰を科す感染症法改正も検討している。この罰則はさらに問題がある。家族の介護や育児のため入院治療が現実的に困難な人も多い。その人たちに罰則で強制するのか。介護、育児の支援強化や入院したくてもできない医療逼迫(ひっぱく)の解消が先決だ。

 民主国家の政治制度は「性善説」に立つべきではない。長い歴史の中では善意の政権ばかりとは限らない。「公共の福祉」を盾に政府が私権制限を強化できる前例が重なれば、将来、悪意の政権による権力乱用に道を開きかねない。戦前戦中の苦い経験を踏まえれば、基本的人権には幾重にも神経質になるべきだ。(共同通信・古口健二)

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