あだ討ちに向かう夜道も、脱獄囚が駆ける平原も、駅員のたたずむわびしいホームも…。銀幕の高倉健さんはいつも雪の中にいるイメージがある。〈もうそんなつらい仕事ばやめて、早くこっちに帰ってきなさい〉。福岡の母親から何度も手紙をもらったと、『南極のペンギン』に書いている◆「八甲田山」や「南極物語」など厳寒の過酷なロケが続いていたころ、また一通届いた。〈アカギレが、足にできちょるね。もう寒いところで、撮影はしなさんな。会社の人に、頼んでみたらどうね〉。映画のポスターを見て気づいたという。スタッフにも分からないよう肌と同じ色のばんそうこうで隠した健さんを、母はお見通しだった◆この冬一番の寒波で、きのうから県内は雪に覆われた。こんなときにも、ごみ収集や配送の車は早朝から忙しく行き交っている。もしかしたら、お正月の冷たい水がかりで荒れた指先を隠すようにして、暗い雪道を職場へ急いだ人もいるかもしれない◆そんなことが気がかりに思えるのも、コロナ禍がきっかけだろう。厳しい状況の中で、社会を支え続けてくれる人たちがいる。世の中にとって、かけがえのない大切なものに心を寄せてみる。「もうそんなつらい仕事は…」とは言い出せない後ろめたさもかみしめつつ◆ささやかながら、こうして新聞が届くことにも。(桑)

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