大刀洗平和記念館で展示されている早川勉伍長の辞世の句=2020年11月、福岡県筑前町

 早川勉伍長(知覧特攻平和会館提供)

 「轟沈(ごうちん)を目指して進む若桜 愛機と共に打ちて砕けん」―。太平洋戦争末期に命を落とした18歳の特攻隊員が出撃前にしたためた辞世の句が見つかり、寄贈先の大刀洗平和記念館(福岡県筑前町)で公開されている。開戦から今年で80年。山本孝館長は「特攻を強いられた当時の時代背景や、どんな気持ちで句を書いたのか、思いをはせてもらいたい」と話す。

 句は三重県出身の早川勉伍長の作で、古びた便箋に流れるような筆跡で書かれている。神埼市の島孝子さん(74)が母親入口純子さんの遺品から見つけ、特攻の史実を伝える同館に昨年7月に寄贈した。

 同館によると、早川伍長は1943年に大刀洗陸軍飛行学校甘木生徒隊に入隊し、その後、特別攻撃隊第72振武隊に編成された。45年5月に前線基地の万世飛行場(鹿児島県南さつま市)から出撃し、沖縄県の南部海域で命を落とした。

 万世に向かう途中、目達原飛行場(神埼郡吉野ヶ里町)で待機し、近くの寺に1週間ほど滞在した。島さんによると、炊事の手伝いなどで寺に出入りしていた入口さんに句を託したとみられる。

 早川伍長のおいの妻早川雄子さん(82)=三重県四日市市=は「勉さんは今も地元の誇りとして語り継がれている。展示を通し、尊い命を奪った戦争の悲惨さやその犠牲の上に私たちの今の生活があることが伝わればうれしい」と期待する。【共同】

このエントリーをはてなブックマークに追加