1997年1月、プロサッカーチーム「鳥栖フューチャーズ」の運営会社が解散し、翌2月、佐賀県サッカー協会主導で「サガン鳥栖」が発足した◆この流れをつくったのが当時協会理事長の坂田道孝(みちたか)さんだった。新チーム発足の記者会見で、記者団の質問に丁寧に答えていた姿を思い出す。あす1月7日は、その会見から3年後に急逝した坂田さんの命日である。サガン鳥栖はJFLからJ2を経て2012年にJ1に昇格した。今年で10年の節目を迎える。サガン鳥栖発足時は不安の方が大きく、J1に10年も在籍するチームになるとは思いもしなかった◆苦難の時期はたくさんあったが、坂田さんがまいた種を多くの人が大切に育ててきた◆昨年末、うれしいニュースが二つ。高円宮杯でサガン鳥栖U―15(15歳以下)が、クラブユース選手権ではU―18(18歳以下)が日本一に輝いた。着実に力を伸ばす若い世代。J1の舞台で躍動するサガンイレブンを間近に見てプロを夢見た選手もいるだろう◆坂田さんの命日にちなんで背番号「17」は永久欠番となり、今はサポーターがつける。坂田さんの思いは「数世代にわたって愛されるチームに」だった。J1昇格時の功労者だった竹原稔(たけはらみのる)社長の退任表明で再び県サッカー協会の出番だが、きっと大丈夫。多くの「背番号17」がついている。(義)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加