手斧の実演

復元建物の手斧跡

 北内郭でガイドをしていると、1日に何回か柱などに見られる鱗状の模様についての質問があります。

 その鱗状のものは「手斧」の跡で、復元された建物にはどれもあります。「手斧」は「ちょうな」と読み、大工道具の一つで、柱や板材の表面を斫(はつ)るための道具です。昔の大工さんの修行は、まず手斧の使い方だったと聞いたことがあります。吉野ケ里遺跡からは鉄の手斧が発見されていることもあり、復元建物では鉄の手斧を使った作業が行われました。

 以前、県内の遺跡で水田の下から発掘されたばかりの水を含んだ弥生時代の柱を見せていただいたことがありますが、その時の手斧の跡があまりにも規則正しくて驚きました。その跡は力強く、また斫りにも迷いが感じられませんでした。きっとこの大工さんはベテランで腕が良かったのだろうなと思ってしまいました。

 当時、大工という仕事があったかは分かりませんが、手斧は誰もが使いこなせた道具とも思えません。先月、現在の大工さんによる手斧の実演がありましたが、それを見ていて、なおさら感じました。弥生時代の仕事はレベルが高い、と。

(福田幸夫 吉野ヶ里ガイド)

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