池田龍雄さん

池田さんが戦友への鎮魂の思いを込めた「友に捧ぐ SETONAIKAI 13th May 1991」

 「アバンギャルドの旗手」として知られる伊万里市出身の前衛画家、池田龍雄(いけだ・たつお)さん=東京都練馬区=が11月30日午前1時55分、誤嚥性(ごえんせい)肺炎のため、東京都内の病院で死去していたことが7日、分かった。92歳。葬儀・告別式は近親者で行った。喪主は妻紀子(のりこ)さん。

 池田さんは1928年生まれ。伊万里商業学校を経て、飛行予科練習生として鹿児島海軍航空隊に入隊。特攻隊に編入され、茨城県の霞ケ浦航空隊で終戦を迎えた。戦後は佐賀師範学校に入学して教師を目指したが、「元特攻隊員」の経歴が軍国主義者と見なされて退学。多摩造形芸術専門学校(現・多摩美術大学)に入り、岡本太郎さんや花田清輝さんらのアバンギャルド芸術運動に参加した。

 特攻隊員として過ごした体験を元に反戦、反権力の立場を貫き、三井三池炭鉱争議など政治や社会の問題を取り上げた「ルポルタージュ絵画」で注目された。「化物の系譜」「場の位相」など多くの連作を発表した。

 代表作「友に捧(ささ)ぐ SETONAIKAI 13th May 1991」(佐賀県立博物館蔵)は、操縦席に見立てたダークグリーンの無機質なケースに、色あせた流木を納めた作品。山口県の岩国飛行隊時代、訓練中に事故死した友人への鎮魂の念を込めている。

 1965年の「ないたあかおに」(浜田広介作、偕成社)など多くの絵本や児童書の挿絵も手掛けた。

 2011年の東日本大震災後には、東京電力福島第1原発を題材に3連作「〓」「壊」「萌」を発表。他の作品に、宇宙と生命を描く「ブラフマン」シリーズなど。「絵画の距離」など著者多数。2018年には大規模な回顧展が東京・練馬区立美術館で開かれた。

※〓は食へんに虫

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