ストーカー規制法施行から20年の節目は、自分が被害者になっていなかったらきっと流れていく、忘れていくニュースの一つだったのかもしれないなと思います。

 事件から4年がたちましたが、何かが変わった実感はありません。全く進めていない気がするのに焦りと不安を感じます。事件に遭っていなければやりたかったことがあります。普通に大学を卒業して就職することです。働きたい夢を妨げているものに心的外傷後ストレス障害(PTSD)があります。

 外出一つとっても私には労力が必要です。多くの人がいる中で事件と重なるような場面に出くわすと、あの日に戻った感覚になってしまうのです。例えば、事件の日、犯人は私の後ろから急に現れ、現場までついてきました。誰かが後ろにいるという何でもないことが、私にとっては殺されるかもしれない恐怖を想起させる出来事です。その苦しさを味わいたくない気持ちから、今は1人で外出したり公共交通機関を利用したりすることができません。何をするにも後遺症や恐怖が付きまとい、思うようにできない煩わしさがストレスになって何もできない自分が嫌になります。

 退院したばかりの頃は「早く元の生活に戻りたい」と意気込んでいました。しかし治療を進めるほどに見えてくるのは、結局は事件のあった世界で生きていかなければならないという残酷な事実。自分の気持ちが現在に追いつけず、治療は止まってしまっています。

 同じような被害で苦しんだ経験がある人は、このもどかしさの一番の理解者だと思います。同じように精神的な傷を抱えている方は「気の持ちよう」とか心無い言葉をかけられた経験があるのではないでしょうか。本人が一番つらい。なのに、そのつらさはなかなか理解されない。一般的な病気は知識があるから、痛みやつらさを想像することができる。この想像が、犯罪被害や見えない傷の理解につながっていくと考えています。

 変わってしまったことの方が多いけれど、事件前と変わらず、むしろそれ以上に理解し手を差し伸べてくれる家族や友人もいます。どんな言葉を使っても足りないくらい、感謝しています。

 事件後、何年もストーカー被害に遭っている女性から手紙をいただき、共感しながら読みました。自分が知らないだけで被害者はたくさんいるのではと考えるようになりました。人ごととは思えない事件をニュースで目にするたび、今の対策ではまだ足りないと感じます。私の事件で最後であってほしかった。やるせない気持ちになります。

 規制法の施行から20年ですが、会員制交流サイト(SNS)が規制対象に入ったのは私の事件後でした。時代が進むにつれて法律をすり抜ける付きまといの手段も生まれている中、こんな速度でしか法律が変わらないなら被害者はまた出ます。

 相談を受ける警察官によって対応が変わることにも問題があると考えています。警察に相談をすることはとても勇気のいること。恐怖を感じながらも警察を頼ってよいのだろうかと本当に悩み、相談しましたが、何の対応もしてくれなかったことを事件後知りました。

 昨年7月に裁判を起こしたのは、同じような対応のずさんさからつらい経験をする人がいなくなってほしい、二度と悲しい事件が起きてほしくないという願いからです。

 事件後は真摯しんしに向き合ってくださる警察の方もいましたが「事件後」では遅いんです。何かが起きる前に少しでも早く、ストーカーに悩んでいる人を救ってほしい。警察にとっては多くの案件の中の一つかもしれませんが、誰かにとっては一生がかかっています。

 10月、埼玉県の桶川事件の犠牲者、猪野詩織さんのご両親にお会いし、お話を聞く機会をいただきました。事件当時の話はまさに私が苦しいと感じていることとリンクする部分が多く、ざわざわした気持ちになりましたが、不思議と安心感もありました。つらい事件を経験しても、強く生きていけると教えていただいた気がします。ご夫妻から強さを感じたのは、2人で数えきれないほどの痛みを乗り越えてきたからこそ。そして20年以上もストーカー事件・被害と向き合ってこられたエネルギーは詩織さんが届けてくれているのかもしれないと感じました。

 ストーカーの被害者はさまざまな傷を抱えながら、犯人がいつか刑務所から出てくる恐怖とともに生きていかなければなりません。私の事件では、判決はたった懲役十数年です。刑期を終えれば本当に更生したかもわからないまま社会に戻ってきます。そんな終わることのない恐怖を抱き続けることはとても苦しいものです。

 誰も被害者にも加害者にもなりませんように。そして、それがどうかこれを読んでいるあなたでありませんように。

 最後に、さまざまな被害により生きづらさを感じている人の心が少しでも軽くなり、ホッとできる時間や笑っている時間が増えることを心から願っています。

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