夜泣きラーメンの屋台からチャルメラの音が聞こえてきた。なんと、郷里の祭りの笛のメロディーをやっている。青森出身の作家三浦哲郎さんは机から思わず立ち上がりそうになった◆酔った東北なまりの客がふざけて吹いたらしい。東京に出稼ぎに来て、ふと故郷をなつかしむ…そんな同郷人を思い浮かべ、三浦さんは書いている。〈祭の笛が郷愁の象徴なのは、おそらく私ばかりではないのである〉◆祭りの思い出を語るとき、人は自分が失った「時間」を重ねて、しみじみとした口調になる。三浦さんの故郷では、祭りで笛を吹くには、みっちり稽古をして3年はかかるという。笛に限らず、鉦(かね)や太鼓も、浮立や舞いも、祭りは住民たちが「時間」を積み上げて育ててきたものだろう◆年長者が若者に手取り足取り教え込む。そのために密集や密接は避けられない。演じる主役が子どもや若者でも、裏方は高齢者に頼らざるを得ない地域の実情もある。コロナ禍が台無しにしたのは、祭りを作り上げる「時間」だったのだと気づく◆祭りが消えた今年、佐賀市文化会館で23日開かれる「県伝承芸能祭」はひときわ貴重に思える。出演団体や人数を絞り込んだぶん、身近な絶景のなかで舞い踊る映像の上映など工夫を凝らす。先人たちの祈りや願いに触れ、失った「時間」をひととき取り戻したい。(桑)

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