死去した熊本典道さん

 1966年に静岡県で一家4人が殺害された強盗殺人事件で死刑が確定し、再審請求中の袴田巌さんの一審静岡地裁判決で、無罪との心証を持ちながら死刑判決を書いたと後に告白した元裁判官熊本典道(くまもと・のりみち)さんが11日午後2時57分、急性肺炎のため福岡市の病院で死去した。83歳。唐津市鎮西町出身。葬儀は近親者で営む。

 63年任官。66年に静岡県でみそ製造会社の専務一家4人を殺害したなどとして起訴された袴田さんの一審公判を担当し、死刑判決を書いた。

 判決翌年の69年に退官。自責の念から2007年、「公判当時、無罪との心証を持っていた」と告白。それ以降、袴田さんの再審請求審を巡り、陳述書を裁判所に提出するなど支援を続けていた。

 第2次再審請求で静岡地裁が14年、DNA型鑑定結果を新証拠と認めて再審開始を決定。袴田さんが釈放されると、18年には念願だった面会を50年ぶりに果たした。

 袴田さんの姉秀子さんも今月3~4日、入院中の熊本さんを見舞っていた。秀子さんによると既に危篤状態で、「しっかりしなきゃ」と声をかけたという。

 秀子さんは取材に、熊本さんが無罪心証の告白をしたことを「本人としては言わなくても良いことなのに、よく言ってくれた。私たち家族にとっては大変ありがたかった」と話した。

 袴田さんの弁護団事務局長の小川秀世弁護士は「裁判官の殻を打ち破って判決の間違いを認め、力になってくれた勇気ある方。(亡くなったのは)非常に残念だ」と悼んだ。【共同】

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