家族や友人、好きな芸能人(げいのうじん)など、大切な人の自死(自殺)は誰(だれ)にでも起こり得ます。突然(とつぜん)で驚(おどろ)きますし、なぜ?と理由を問いたくもなりますが、何も分からずつらく悲しい気持ちが残ります。あの時こうしていれば…とか、自分のせいだという思いを抱(いだ)くかもしれません。しかし、過(す)ぎてしまったことは誰にもどうにもできません。思い当たることがあっても、同じ事を繰(く)り返(かえ)さぬよう活(い)かすことしかできません。
 気持ちの整理は、事実と向き合うことによって少しずつつけていくしかありませんが、覚えておいてほしいのは「身近な人の自死は引け目や恥はじではない」ということです。もちろんお勧(すす)めはしませんが、自死が悪いことだとは私(わたし)は思いません。命を大切にしなかったのでもなく、その状況(じょうきょう)を精(せい)いっぱい生ききった結果です。周りは無責任(むせきにん)だとか弱いとか言うかもしれませんが、それこそが他人事で無責任な発言です。
 自死は、死にたいほどつらいことの積み重ねで生きる気力を失い、鬱(ウツ)や躁(ソウ)など正常(せいじょう)に判断(はんだん)できない状況に追(お)い込(こ)まれてのものです。死にたいのではなく、生きられないと感じるもので、きっかけはあっても理由は一言で説明できません。また、弱い人が自死するというのも違(ちが)います。強さも弱さもみんな両方持っています。強いのが良くて弱いのが悪いわけでもありません。
 生まれ方にも死に方にも良(よ)し悪(あ)しはありません。大切な人の自死のつらさも、抱(かか)え込(こ)まず相談していいのです。(浄土真宗本願寺派僧侶・日本思春期学会理事 古川潤哉)

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