完成した当時の清風寮=鳥栖市原古賀町

 「女囚の更生施設落成 建設費の大半は寄付で」-。1959(昭和34)年7月21日付の佐賀新聞はこの見出しで、鳥栖市原古賀町に女子刑余者の更生保護施設「清風寮」が落成したことを報じている。

 清風寮建設を発起したのは、発足間もない鳥栖保護区保護司会(野上連乗会長=当時)だった。九州唯一の女子刑務所、麓刑務所(同市麓町)が管内にあり、出所後に帰住先のない人たちを援助しようと寮建設を計画。寄付金を募り、海口守三市長(当時)を理事長とする財団法人清風寮を設立した。

 58年9月、寮建設に着手し、同年12月末に木造2階建ての寮舎が完成。収容定員20人(建坪96.5坪、敷地420坪)で、総事業費約350万円のほとんどが一般からの浄財だった。翌年2月1日から食事付き宿泊や衣料の提供、帰住援助、就職・結婚あっせんなどの業務を始めている。

 麓刑務所出所者の更生を願った清風寮は佐賀県、佐賀更生保護観察協会(68年から佐賀県更生保護協会に名称変更)、共同募金会、鳥栖市、さらに多くの篤志者の支援と協力を得て事業を進めていたが、諸般の事情により72年5月をもって閉鎖された。

 59年の事業開始以来、延べ2万4000人を超える不遇の女性の更生に大きな役割を果たした清風寮は、13年余の歴史に幕を閉じたのである。(地域リポーター・久保山正和=基山町小倉)

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