たまには自分で背筋をぴんと伸ばさないといけない。『徒然草』の七十二段には〈賤(いや)しげなるもの〉と、みっともないことが列記してある。「座っているあたりに道具類が多い」「硯(すずり)に筆が多い」。職場の机の上を見渡せば、パソコンのまわりに資料やらノートやらがあふれんばかり◆反対に「多くても見苦しくないものもある」と兼好法師は書いている。「文車(ふぐるま)の上の書物」がその一つ。「文車」は室内で本を運ぶときに使う、車輪付きの書棚である。ところが最近は、病院や薬局の待合室、飲食店などから本や雑誌、あげくは新聞まで撤去され、みっともない空っぽの書棚ばかり◆新型コロナ対策というのだが、紙についたウイルスから感染する心配はまずないという。「社会が過剰に恐れすぎ、真偽不明の情報に飛びついて不安が雪崩のように広がってしまった」。佐賀大医学部の青木洋介教授は嘆く◆あやふやな口コミが瞬時に拡散する世の中で、真っ先に活字が遠ざけられたのは象徴的でもある。そんな時代だからこそ、新聞の「たしかさ」が見直され、家でじっくり本を読む人も増えている。文章と向きあうことで思索が深まる。世界が広くなる。そうやって人はつくられてきた◆来月9日まで読書週間。活字のなかに、混迷から抜け出す知恵を見つけたい。背筋は丸めないようにして。(桑)

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