追悼する会では懇談があり、生徒たちは空襲を経験した当事者らの声に耳を傾けた=鹿島市の旭ケ岡公園

 佐賀県鹿島市の鹿島高で24日、太平洋戦争の学徒動員先で亡くなった女学生らを追悼する会が開かれた。同校の高校生平和大使と生徒たちが27年ぶりの開催に動き、長崎県大村市の「大村大空襲」などで犠牲になった10人に黙とうをささげた。

 会は、高津原の旭ケ岡公園の慰霊前で行われ、生徒や同窓生など約50人が献花を行った。発起人で第23代高校生平和大使の川﨑花笑さん(16)が「後輩は、皆さんのことを忘れない。大人になることができなかった彼女たちの分まで強く生きたい」と語った。

 動員当時を知る同級生も出席し、生徒たちに体験を伝えた。「空襲が終わると今日も生きていたと思う毎日だった」と振り絞る声に歴史を学びとっていた。

 1944年10月25日、動員された軍需工場が爆撃された「大村大空襲」で姉を亡くした清水邦彦さん(81)は「子どもながらに頼りになる姉だった。会を開いてもらい、涙が出るほどうれしい」と話していた。

 この空襲では鹿島高等女学校の7人と鹿島立教実業学校の1人が犠牲になった。終戦間際には、さらに女学校の2人が銃撃に遭い亡くなった。(中島幸毅)

鹿島高生が追悼の会、学徒動員で亡くなった先輩しのぶ(2020年10月24日)
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