前回紹介した宗本盛が天文16(1547)年に苔野(吉野ヶ里町)で戦死すると、その跡を継いだのは息子の鑑盛でした。鑑盛は、父・本盛が仕えた少弐(しょうに)氏の勢力が徐々に衰えていくと、代わって肥前へと進出してきた豊後の大名・大友義鎮(宗麟)の支配下に入りました。

 鑑盛は大友氏の下で活躍したようで、永禄13(1570)年11月8日付の書状では三根郡の中津隈・西尾・北尾や神埼郡などで合わせて532町の土地を与えられています。

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