厳木駅舎と給水塔

 今回紹介するのは厳木駅舎と給水塔です。木造平屋建ての厳木駅舎は昭和5(1930)年築。赤煉瓦(れんが)造りの給水塔は大正15(1926)年築。蒸気機関車が走った時代を物語る貴重な近代産業遺産です。

 明治31(1898)年、唐津線は石炭輸送のため妙見から山本まで、翌年には厳木まで通されました。多い時は30両もの貨車を連ねて走ったとか。名誉駅長の秀島正伍郎さん(76)は20歳から5年間、厳木駅の駅員として働きました。当時駅員は15人、宿直は毎夜4人もいました。

 唐津線には本線以外にかつて多久と岩屋に炭鉱からの貨物専用の引き込み線がありました。炭鉱がある時代、厳木駅は貨車と客車が行き交い、荷物の取り扱いのある駅だったのです。

 厳木から多久へは笹原峠を越えなければなりません。石炭を積み込んだ10両もの貨車を牽引(けんいん)するには蒸気機関車は2連でも足りず、後ろから補助機関車が押して運んだそうです。

 蒸気機関車は石炭を焚(た)き、ボイラーで湯を沸かして蒸気の力で走ります。峠を越える前後には水を補給する必要がありました。この美しい給水塔は、蒸気機関車の動力源として昭和48(1973)年まで働きました。

 厳木駅は映画「東京日和」(1997年)の重要な場面に登場します。真夏の光とヒマワリ、素朴な駅舎と一つだけ残った給水塔。生と死の交錯するかけがえのない瞬間が描かれています。今もなお住民や厳木高校生が駅の周りに花を植え掃除をし、時に給水塔をライトアップしてイベントを行うなど、地域に愛されています。(NPOからつヘリテージ機構 文・菊池典子、絵・菊池郁夫)

このエントリーをはてなブックマークに追加