幕末佐賀の藩校「弘道館」の現代版として、各分野で活躍する人を講師に招く県の事業「弘道館2」が先月、初めてオンラインでのみ開かれた。今回は特別講座「今こそオンラインで学ぶ学」として、新型コロナウイルスによる学校の休校で注目が集まった「オンライン学習」を主題とした。大学の専門家2人がコロナ後の学校教育について語り、県教委が認証するスーパーティーチャーで、ICT教育に取り組む北茂安小の大家淳子教諭と佐賀大の松尾敏実教授が学校現場の実践事例を報告した。模様を詳報する。(藤本拓希)


・ベネッセ教育総合研究所主任研究員 石坂貴明
・信州大学准教授 林寛平
・東北学院大学教授 稲垣忠
・佐賀大学大学院学校教育学研究科教授 松尾敏実
・北茂安小学校教諭・県スーパーティーチャー(ICT利活用) 大家淳子

 

信州大学・林寛平准教授 格差解消で競争激化も

信州大学の林寛平准教授

■オンライン学習、学ぶコスト低下

 新型コロナウイルスの影響で世界中の学校が休校になった。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の調べでは4月、学校に行けない子どもは全世界の9割に達した。7月11日時点では、110の国で学校が休校になり、世界の6割の子どもが学校で教育を受けられていない。こんな事態は教育史始まって以来の出来事で、やろうと思ってできる経験ではない。
 佐賀新聞の記事で、机ごとについたてを付けた教室の様子が紹介されていた。いわゆる「アフターコロナ」「ウィズコロナ」と言われるこれからの時代、今までと同じように30~40人の子どもが同じ教室で学ぶやり方はできない。これを機に新しい教育のあり方を考える必要がある。これからは教師が教えやすいかどうかではなく、いかに児童生徒が学びやすいかに重点が置かれる時代になる。

段ボールを使った手作りの「ついたて」を机に取り付けて学ぶ武雄北中の生徒(武雄北中提供)

 そういったことをコンセプトにつくられた学校がスウェーデンにあった。子どもたちは1人1台パソコンを持ち、ソファに座ったり寝転んだりしながら授業を受けたり、同じ空間にいながら別の課題に取り組んだりできる環境を整えていた。ただ、2年後に学級崩壊を起こしているのも現実だ。
 オンライン学習は時間にも空間にも縛られない。学習にかかるコストが非常に低くなる。ネット上に動画を投稿すれば、教師の労力は変わらずとも10~20万の人を対象に授業ができる。
 課題もある。国際電気通信連合の2019年の調査では、インターネットに接続できる人はヨーロッパで82%、世界でも53%となっている。アフリカでは28%の人しか接続環境を持っていない。格差が生まれ、配慮が必要になる。
 ただ、もしアフリカの教育に飢えた子どもたちが、環境の整備により一流の授業を受けられるようになったら。われわれはそういう子どもたちと競争して勝てるだろうか。とても強力なライバルになる。
 世界中をつなぐオンライン学習は、世の中の競争を激化させかねない。大事なのは、新しい教育法を使ってどんな社会をつくっていくかということ。競争をあおるのではなく、手を取り合うような制度設計を考えないといけない。
 時間と場所の垣根をなくすオンライン学習の時代だからこそ、日本で、学校で学ぶ価値を生み出す必要がある。

同じ空間にいながら、自由な姿勢でそれぞれの課題に取り組むスウェーデンの学校の生徒ら

 

東北学院大学・稲垣忠教授 学校の形は変わる

東北学院大の稲垣忠教授

■教育の個別最適化が重要

 オンライン学習には授業のライブ配信などリアルタイムでつながる同期タイプと、公開されているコンテンツに好きなときにアクセスする非同期タイプがある。またその中で一方向と双方向のものに分かれている。
 どうも同期タイプで双方向のものだけをオンライン学習とする風潮があるが、そればかりにとらわれない方がいい。大学でも感じていることだが、90分授業を毎回オンラインで受けるのは疲れる。今は学生に同期と非同期を選択してもらっている。
 生徒と教師が宿題をオンライン上でやりとりするような手法も大事だ。子どもが使えるネット環境は保護者が隣にいるかどうかで変わってくる。そういったところも踏まえて制度設計しなければならない。
 これからはまず、児童生徒が学べる場を保障しないといけない。自治体がインフラをどう整備し、どういうサービスをつくるかにかかっている。その上で、教員が活躍するためには双方向のチャンネルが不可欠だ。授業の動画を配信している教員もいるが、情報は一方通行になりがち。教員にユーチューバーになってほしいわけではなく、生徒とのやりとりの中で能力を発揮してほしい。

オンライン講座で宇宙や星座について学ぶ稲垣教授の娘(右)

 学校が再開され、再び一斉授業が始まっているが、長期の休校で子どもの学力差が大変なことになっている。1人1人に向き合って教育手法を変える「個別最適化」に取り組むために、できることを考えてほしい。
 インターネットを活用すれば、その道のプロに教えてもらうこともできる。教科書より質が高いコンテンツもある。子どもが自ら学ぼうと思ったら、いくらでも学べる環境が整い始めている。
 学校は集団で学ぶことができる場所だ。ITやAIが出現した今、多様な人とつながり、いつでもどこでも学べるようになった。一斉に同じ授業を受けるのではなく、教育の個別最適化ができる。今後は人口減少も進む中で、学校の形は変わらざるを得ないだろう。

 

弘道館2の過去動画の使い方を考える

 

■大家淳子教諭

 担任する北茂安小6年の授業で、2018年7月に開かれた「弘道館2」の動画を活用した。佐賀市出身のタレント優木まおみさんが講師を務めた回で、将来の夢の考え方について話している部分を視聴。大事なポイントを黒板にまとめた。
 児童は優木さんに習い、未来の自分が何をしているかを年齢ごとに具体的に考える「人生設計書」を作成し、人前で発表することで夢を語る大切さを学んだ。児童の中には、「12歳で中学受験」「15歳で英語が話せるようになる」「18歳で留学」というように綿密に目標を書き込んだ子もいれば、「12歳は楽しく過ごす」「25歳で漁師になる」と大まかに書いた子もいた。
 今年から学習指導要領で「キャリア教育」がより重視されるようになる中、弘道館2の過去動画が非常に役に立つと感じている。小学生のキャリア教育は職業教育や進路選択など範囲を狭めるより、将来の夢を大きく、自由に思い描くことが大切だ。その上で、優木さんの動画を選ばせてもらった。


■松尾敏実教授

 大学院生に教職キャリアデザインと基礎などを教えている。「働くとは」というテーマで講演された東京大学の水町勇一郎教授の話は、高校生や大学生にそのまま聴いてほしい内容だった。大学の授業で使ってみたい。

オンラインで参加した講師ら。手前左から松尾敏実教授と大家淳子教諭の2人は佐賀新聞社の会議室から配信した=佐賀市天神

 

 

■石坂貴明氏

 子どもたちは「将来のことを考えよう」と言われても難しいが、「5歳刻みで考えよう」と言われるとやりやすい。大家先生の授業は児童のためにしっかりデザインされている。これからの先生は、児童生徒のキャリア設計を手助けする役も求められるということを実感した。

 

 

■倉成英俊氏

 これまでは対面授業による教育が中心だった学校現場で、公開している過去の弘道館2の動画を教材としてどう活用してもらうかが今後の課題。この取り組みの第二段階として考えている。松尾教授の指摘もあり、より授業で使いやすいように過去動画を40分に編集したものも準備している。

 

動画


◆弘道館2とは◆ 県内の高校生や大学生らを対象に夢や可能性を広げるきっかけをつくろうと、県が2017年から実施している人材育成事業。さまざまな分野で活躍する県内ゆかりの講師を招いて開いている。コーディネーターは元電通の倉成英俊さん=佐賀市出身。問い合わせは事務局、電話0952(40)8820。

▶ 過去の講座の動画はこちら

このエントリーをはてなブックマークに追加