日航ジャンボ機が群馬県上野村・御巣鷹の尾根に墜落し、乗客乗員520人が犠牲になった事故から35年が過ぎた。尾根に通じる村道や登山道は昨年10月、台風19号の際に土砂崩れや落石などにより寸断され、大きな被害を受けた。尾根の中腹に並ぶ墓標の一部が流され、遺体や遺品が見つかった場所に立てられたプレートもなくなった。

 大急ぎで復旧工事が進められ、元通りとまではいかなくとも、登山はできるようになった。しかし今度は、新型コロナウイルスの感染拡大が影を落とす。遺族の慰霊登山は7月と8月に分散して行われ、麓の「慰霊の園」で毎年開かれる慰霊式は縮小された。前日の灯籠流しも中止された。

 そんな中でも、多くの人が尾根を目指し、高齢などの理由から登山を断念せざるを得なかった人も村のホームページでライブ中継される慰霊式の模様を見守る。どれだけ歳月が流れても、山肌が大きくえぐられ、機体がばらばらに飛び散った無残な映像の衝撃と、肉親や友人を失った無念さがなくなることはない。

 航空各社がコロナ禍に直撃され、旅客収入の大幅減で苦境に立たされている今、安全運航を願い、訴え続ける遺族の声はことのほか重い。単独機の事故では世界の航空史上で最悪の惨事を巡る記憶と教訓の継承を絶やさず、風化させないよう改めて誓う日としたい。

 日航機は墜落の7年前、1978年に着陸時の尻もち事故で機体後部の圧力隔壁が破損。米ボーイング社側の修理ミスで隔壁の強度が低下したが、日航などはこれを検査で発見できず、長年にわたる金属疲労により隔壁に亀裂が生じて破裂し、操縦不能に陥ったとされる。どんな小さなミスも見逃さず、事故の芽を摘むという重要な課題を航空業界に突き付けた。

 以来、国内の航空会社で多数の犠牲者を出すような事故はない。だが英国で2018年10月、日航の副操縦士が乗務前の大量飲酒で乗客乗員の命を危険にさらす恐れがあったとして現地警察に逮捕されたのをきっかけに航空各社でパイロットの飲酒不祥事が相次いで発覚。日航には昨年までに2度、全日空にも今年5月、国土交通省から事業改善命令が出ている。

 さらに旅客機が着陸する際に別の旅客機が滑走路を横切るなど国交省から、一歩間違えば大惨事になりかねない重大インシデントに認定されるケースも後を絶たない。

 日航機墜落の4カ月後に遺族が発足させた「8・12連絡会」は事故の教訓を社会で広く共有してもらえるよう、さまざまな取り組みを進めてきた。国交省の運輸安全委員会がまとめた事故調査報告書について、いくつもの疑問点を挙げて委員会と議論を重ね11年に、難解な報告書を分かりやすい言葉で説明する解説書の作成にこぎつけた。

 さらに東日本大震災や尼崎JR脱線事故など各地で起きた大規模災害・事故の遺族や被害者と交流し「遺族が参加できる調査」などを求めた。誰にも自分たちと同じ悲しみを味わってほしくないとの強い思いからだ。

 日航によると、今年3月末時点で社員約1万6千人のうち墜落事故後の入社は96・5%。数年で当時を知る社員はほとんどいなくなるという。「空の安全」の原点といえる御巣鷹の事故に常に立ち返り、風化にあらがう努力が求められよう。(共同通信・堤秀司)

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