無地唐津 馬盥盃
(口径9~9.5センチ 器高3.5センチ 高台径4センチ、桃山~江戸初期)

撮影・村多正俊

 独酌時に必ず観(み)てしまう動画があります。内容は唐津、有田の作陶家たちが自身作の盃(さかずき)を持ち寄り、お酒を差しつ差されつ唐津焼談義に興じるというもの。焼き物に寄せる熱い思いや作陶家同士、お互いのクリエイティヴィティーに敬意をもって会話を交わす様子は観飽きることがありません。中でも兄貴分の梶原靖元さんが「良い酒を大事に呑(の)む。そういう器としてこの形が好き」と馬盥盃(ばだらいはい)を挙げているシーンがとても印象的です。

 「馬盥=ばだらい」は馬を洗う時に使用した、たらいの名称。口辺(縁)が垂直に立ち上がり、見込の広い器の形が、それに似ている事から「馬盥」と称するようになったようです。桃山から江戸初期にかけて焼かれた古唐津では無地や斑(まだら)、口辺に鉄釉を施した皮鯨、さらには見込に絵を描いた絵唐津など様々な馬盥形(なり)の器が作られました。本来は向付ですが、深く大ぶりのものは平茶碗(ちゃわん)として、小さいものは酒器として見立てられ、お茶人や古陶磁好きに愛されています。ちなみに…同時代朝鮮半島のやきものにこういった形の器はみられません。馬盥形は朝鮮半島からやってきた陶工に日本人がディレクションし、生み出されたオリジナル、なのです。

馬盥盃の高台
馬盥盃の見込

 

 さて今回はそんな馬盥形の、見立て盃が主人公。発掘モノでありながらダメージが少なく、ここまでずいぶんとお酒を呑んできたようで良い味の付き具合です。見込は広く酒映え抜群で、微妙な縁の反り具合が持ち手になじみます。酒を呑みほしてひょいと高台を見やると、スピード感ある轆轤(ろくろ)目やキリリとした竹の節高台に陶工スキルの高さが感じられます。よい具合に釉薬が溶け、器体は枇杷(びわ)色に発色し、ダメ押しはその細やかな土味! 伊万里市東部(道園、甕屋の谷、阿房谷等)で作られたもののように思われます。

 帰省もままならないコロナ禍の寂しい夏。私は前述の動画を観ながら佐賀ん酒を四合瓶からこの盃に酒を注ぎます。見込を酒で行き来させては呑み干すこと数度…するとどうだろう、唐津の地で作陶家たちと盃を交わした楽しい想い出がやんわりと私を包みこみ、鬱した心を晴れやかにしてくれるのです。


むらた・まさとし 1966年、東京都町田市生まれ。ポニーキャニオン・エリアアライアンス部長として、地域活性化事業をプロデュース。古唐津研究交流会所属。世田谷区在住。

解説

 日本人のやきものへの価値観を一変させ、桃山時代から江戸初期にかけて、世を席捲した唐津焼。茶道具から日常雑器にいたるまで様々な器が作られました。唐津焼はマーケットの拡がりやそのニーズにあわせ、デザインや大きさを変化させていきました。例えば小皿は朝鮮半島にそのまんま存在するかたちで大量生産され、一方茶わんや向付などは注文者の注文や意向によってかたちや大きさを変えていきました。さらにはそんな注文品を模倣した量産品も作られるなど多様化していきました。今回の主役である馬盥形(ばだらいなり)もそんなものの一つです。馬盥は本紙にも記した通り、馬を洗う際に使っていた大きな盥に形が似ていたためにそう名付けられたように考えられています。

 さて今回の盃についてみていきましょう。発掘ものでありながらダメージは少なく、長い間、所有者に愛玩されたとみて、古唐津好きの琴線を揺さぶる良い味がついています。いわゆる「中途伝世」というもの。この盃のポイントは実に丁寧に作られているところです。縁の立ち上がりは反りを持たせており、高台を見ると削りは鋭く、畳つきは狭め。竹の節高台も緊張感があります。器体は全体的に枇杷色を呈し、小品でありながら様々な魅力を兼ね備えています。また、口径は骨董業界の鉄則「酒器の口径10センチ以下」をクリアしていてポイント高し、です。焼かれた窯については伊万里市東部で稼働していた道園、甕屋の谷あたりで焼かれたものではないか、と推察されます。

 さてここでもう一つの馬盥盃を見ていきましょう。
(口径8.8センチ 器高3.5センチ 高台径4センチ)。

見込
高台

 

 おおよその形は前述の馬盥盃と同じですが細かいところを見ていくと相違点があります。まずは見込にある砂目跡。ひっくり返して高台をみるとこちらにもうっすらと三つの跡が確認できます。これをしてこの盃が重ね焼きをしていた、どちらかというと量産型に類していたことがわかります。また見込はゆるい紡錘形となっていて、立縁のそりもほぼありません。竹の節高台ですが畳付きは広め。また陶土がきめ細やかで、釉薬もグリーンがかった明るいグレーです。私は有田町にある磁器も産していた原明窯あたりの産で江戸初期に作られたのでは、と捉えています。

勝見さん・村多 原明古窯での写真

本紙でも触れましたが作陶家の梶原靖元さんは「良い酒を大事に呑む。そういう器としてこの形が好き」と言われています。馬盥は香り高い佐賀ん酒を楽しむ、夏の酒器としてはうってつけ…とこの盃で呑む度に私も感じています。

こちらの動画はおすすめです!
「焼きもの好きの尽きない話~唐津・有田の5人の陶芸家」~梶原靖元氏、山本亮平氏、浜野まゆみ氏、竹花正弘氏、矢野直人氏

(テキスト・写真:村多正俊)

サカズキノ國
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