姿形のバランスが取れた」初代忠吉の刀。「慶長五年八月吉日」と記されている

初代正広と2代正永が作った「肥州佐賀住河内大掾藤原正広嫡子武蔵守正永以南蛮鉄打之」。柄には金色の文字で「弐ツ胴〓断」とある

江戸時代につくられた初代忠広の脇差し。華やかで均整の取れた作刀が多い

 江戸時代、佐賀藩の御刀鍛冶・忠吉一門によって作られた肥前刀の魅力と歴史を伝える佐賀県立美術館のコレクション展。刀や太刀、脇差しなど48件を展示し、刃先の模様(刃文)といった見どころを、刀剣になじみのない人にも分かりやすく見どころを紹介している。

 忠吉とその一門は江戸時代に100人以上の刀工を輩出。技術は非常に高く、均整のとれた名品が多い。切れ味で番付を決める当時の専門書で「最上大業物(さいじょうおおわざもの)」とされた。最高級の評価を受けた刀工12人の中に、初代忠吉も選ばれた。

 初代忠吉の刀は、まっすぐな刃文が特徴の直刃(すぐは)が美しい。地鉄(じがね)に現れるきめ細やかで端正な鋼の文様は肥前刀の特徴で「肥前肌」とも呼ばれる。姿形のバランスが取れ、阿部大地学芸員は「持ったときに重心がぐらつかず、手になじみやすい」と語る。柄(つか)に鯨のひげが巻かれた物もある。

 初代忠吉は1624年「武蔵大掾(だいじょう)」の官位を授けられ、名を忠広に改めた。

 忠吉の分家、正広も明治の始めまで10代にわたり、優秀な刀工を出してきた。初代正広と2代正永が一緒に作った刀は、緩やかな刃文が特徴。持ち手となる「こしらえ」の部分には「寛文三年二月十六日弐ツ胴截断」と記され、実際に試し切りし、切れ味の良さを確かめたことが分かる。

 このほか、鍋島家から発注を受け、甲冑(かっちゅう)や刀のつばを手掛けた甲冑師・宮田家の史料なども並ぶ。(福本真理)

 ▼「肥前刀のいろは」展は県立美術館2号展示室で9月13日まで。8月16日にはワークショップ「日本刀手入れのいろは」(午前10時半)、30日には学芸員によるギャラリートーク(午前10時半、午後1時半)を行う。

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