〈戦争が終わって僕等(ら)は生まれた/戦争を知らずに僕等は育った/おとなになって歩き始める/平和の歌を口ずさみながら〉。1971年にヒットした「戦争を知らない子どもたち」の一節。「戦争を知らずに育った」戦後世代は幸せだが、「知らないから、それで済まされる」というわけではない◆戦争という史実に向き合い、当時の人々の痛み、悲しみ、苦しみを、自分の身に置き換えて感じられるかが問われている。きょう9日の「長崎原爆の日」もその一つ。75年前のこの日を「知る」努力が求められる◆医学博士の永井隆(1908~51年)が自身の被爆体験を記した『長崎の鐘』には爆撃直後の情景やその後の数日間が描かれている。廃虚の原子野から無傷で取り出された浦上天主堂の鐘の音を聞きながらつづる「人類よ、戦争を計画してくれるな。原子爆弾というものがある故に、戦争は自殺行為にしかならない」という一文は、博士が命がけで残した叫びだ◆サトウハチロー(03~73年)作詞、古関裕而(09~89年)作曲、歌手の藤山一郎(11~93年)が歌って大ヒットした「長崎の鐘」は、この本から生まれた。永井、サトウ、古関、藤山という同時代を生きた4人が紡いだ鎮魂歌でもある◆平和の歌を口ずさめるありがたさをかみしめながら、不戦と非核の決意を新たにしたい。(義)

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