高齢化で活動の継続が難しくなっていると話す佐賀県被団協会長の池田和友さん=伊万里市の自宅

池田さんの背中には爆風による飛散物を受けてできた傷痕がある

 長崎への原爆投下から75年目の「8月9日」を迎えた。佐賀県内の被爆者の平均年齢は85歳を超え、核兵器廃絶に向けた活動を続けることが難しくなっている。県原爆被害者団体協議会(県被団協)会長の池田和友さん(90)=伊万里市=は「会員同士で会うことも、連絡を取ることもままならないが、発足から60年続く活動を途絶えさせるわけにいかない」と、核なき世界を希求する運動の継承を願っている。

 県被団協は例年6~7月に定期総会を開くが、今年は新型コロナウイルスの影響で延期している。中止にはしないという。池田さんには「年に1度は顔を合わせて、互いの近況を確認したい」との思いがある。

 池田さんは伊万里商業学校(現在の伊万里商・実高)4年生だった75年前、学徒動員先の長崎で被爆した。爆心地から1・2キロの工場にいて、「ピカッと光った後は気絶して覚えていない」。屋内にいたため熱線は浴びなかったが、爆風による飛散物で全身に深い傷を負った。同級生77人が被爆し、13人が1カ月以内に亡くなった。

 卒業後は郷里を離れて県外に住み、6年前に戻ってきた。すると、伊万里商業の同級生で当時、県被団協会長だった吉冨安美さん(故人)に「会の活動を手伝ってほしい」と頼まれた。

 吉冨さんは1989年から四半世紀にわたって県被団協の会長を務め、県内の被爆者運動のけん引役だったが、2016年に他界した。他の主要メンバーもここ数年の間に亡くなったり健康を損ねたりして、昨年秋から池田さんが会長を務めることになった。

 池田さんは事務局の仕事も担っている。会員への連絡は電話だが、互いに耳が遠くなり、意思疎通がうまくできず、もどかしい思いをすることが多い。また、相談できる相手も年々少なくなり困っているという。

 「年とともに体力も気力も低下して大変になるばかりだが、語り部や資料の提供などできる限りのことはしたい。二度と核兵器を使わせないという思いを、次の世代に引き継ぐために」

 県被団協の現在の会員数は約300人。このうち6人は子どもの世代に当たる「被爆2世」で、会の運営をいずれ担ってほしいと考えている。(青木宏文)

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