特攻隊員の逸話から、平和を願う多くの人々の思いをつないできたフッペルのピアノと末次晃さん=鳥栖市のサンメッセ鳥栖

 佐賀県鳥栖市にあるフッペルのピアノは昭和の初め、鳥栖小の児童に聞かせようと婦人会が買ったドイツ・フッペル社製コンサートピアノ。出撃を控えた特攻隊員が弾いた逸話が明かされて保存運動が起こり、映画「月光の夏」のモデルに。その後も国際交流やピアノコンクールなど数々の新たな縁を取り持った。保存運動当時、校長だった末次晃さん(83)は「平和を願う人々の心をつないだピアノは、鳥栖の宝」と語る。

 平成の初め、ピアノは体育館脇でほこりだらけだった。廃棄の話を聞いた元教諭の上野歌子さんは89年、特攻隊員の逸話を同校で講演し瞬く間に広まった。

 当時の隊員は見つかったが、名乗り出るのを拒んだ。真偽が疑われ「上野さんは苦労しただろう」と末次さんは思いやる。その人物が夫婦でお忍びで来校した時、末次さんは8人ほどで居合わせた一人。建物が替わり、きょろきょろしていた男性は、上野さんが差し出した楽譜を開き「あっ」。「この楽譜は、前に開きました」

 東京音大出で、隊の近くの神埼高女などでもピアノを弾いたが、「コンサートピアノが鳥栖小にある」と聞き、死ぬ前に演奏したくて矢も盾もたまらず線路沿いを走って行った、と聞いた。「うれしかった…」と。隊に戻ったら遅刻し、怒られたとも聞いた。

 8月15日、希望者がフッペルを弾ける平和の集いには毎年100人が訪れる。だが、今年は新型コロナで中止に。「戦争当時のように人々が音楽を失った今こそ、会を開きたいですね」。会の担当者の話に末次さんは静かにうなずいた。(樋渡光憲)

 

■フッペルのピアノ 1931(昭和6)年、鳥栖町婦人会が“2階建ての家が3軒建つ”予算で購入。89年、上野歌子さん(故人)が鳥栖小で特攻隊員の逸話を講演し、保存運動が起こる。93年3月に知覧町平和会館に貸与。映画「月光の夏」は同年5月に上映された。修復後、95年からJR鳥栖駅近くのサンメッセ鳥栖に置かれている。

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