新型コロナウイルスの影響がさまざまな分野に及ぶ中、2023年に佐賀県で開催予定の国民スポーツ大会・全国障害者スポーツ大会(国スポ・全障スポ)の1年延期が検討されている。佐賀県は、今年の国体開催を断念した鹿児島県から「23年に鹿児島国体を開催させてほしい」と打診された。難題だが、協力し合わなければ未来は切り開けない。連携して苦境を乗り越えてほしい。

 「地元としてはできるだけ早期に開催したい。何とか佐賀にお願いできないだろうか」。7月31日に佐賀県庁を訪れた鹿児島の塩田康一知事は、明治維新の両県のつながりにも触れてお願いした。山口祥義知事は「要請を重く受け止めたい。佐賀も準備してきたことなので、延期は簡単なことではないと認識してほしい」と応じ、競技団体や県議会の意見を聞いて判断するとした。24年を念頭に調整し、8月半ばごろまでに判断する考えを示している。

 鹿児島にしてみれば、断腸の思いだっただろう。新型コロナの収束が見通せず、選手らの安全確保を最優先に年内開催を断念したのは6月中旬。10年近い歳月と多くの費用を投じ、地域一丸で「さあ本番」と思っていたはずである。県民の思いをつなぐため「5、6年でなく2、3年以内に」と塩田知事が動いたのも当然だろう。

 国体が中止になった例はなく、延期や中止の規定もない。関係者の注目は鹿児島がどこを要望するかだった。国体はいわば持ち回り式。決定、内定、内々定という形でほぼ10年先まで開催地が決まっており、国もその意向を尊重している。来年以降の開催地は、21年=三重、22年=栃木は決定。23年=佐賀、24年=滋賀は内定で、以降は内々定だ。三重、栃木は相当に準備が進んでおり、内定最初の佐賀に要請し、その後の県にも1年ずつ順送りをお願いすれば、全体の影響は小さいとスポーツ庁などが考えたことは理解できる。

 こうした流れが想定される中、佐賀県が譲れない線として示してきたのは「最初の国スポを佐賀で開くこと」である。スポーツ基本法に基づき、23年から国体の名称が国スポに変わるが、スポーツ庁は国スポへの名称変更を24年にずらす場合、必ずしも法改正は必要ないとみている。これには鹿児島も佐賀の意向に沿うよう連携する考えを示している。

 もちろん、1年延期となれば影響は生じる。23年の地元開催に向け、各競技団体は選手の育成強化を進めてきた。今の中学3年生が高校3年生で本番を迎える予定だが、そうした選手たちは「少年」の区分では出場できなくなる。育成計画の再考も必要だろう。

 ある関係者は、切り替えの難しさを認めつつ、この世代の若い選手たちが23年の鹿児島国体を特別な大会と受け止め、活躍してくれれば、翌年の佐賀国スポに向けて大きな弾みになると強調する。こうした考えは、県がSAGAスポーツピラミッド(SSP)構想で掲げている競技力の向上・維持という考えにも沿うものである。

 東京五輪・パラリンピックの延期も決まっているが、新型コロナの猛威はすさまじく、これまでの常識は通用しない。今後も難しい判断を迫られるだろう。助け合いがいずれ自分たちのためになるという自覚が求められる。(杉原孝幸)

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