2012年に解体された川南造船所跡。戦後75年を迎え、「戦争遺跡」の保護のあり方が課題として浮上している=伊万里市山代町(11年12月撮影)

 戦後75年の節目を迎え、太平洋戦争時の防空壕(ごう)、旧日本軍の関連施設など「戦争遺跡」に関して、保護のあり方が課題として浮上している。議論の前提として、状況把握の調査が必要だが、佐賀県内で実施している市町はない。「戦争遺跡」の明確な定義や調査基準がなく、文化財としての価値判断が困難と考える市町は少なくない。識者は「戦争遺跡がどんな意味を持つか、証言者が生きているうちに記録する必要がある」と警鐘を鳴らす。

 佐賀新聞社は7月中下旬、県内20市町に聞き取り調査を実施。全体状況の調査を全市町が「実施していない」とし、ほとんどの市町が「今後の予定もない」と回答した。理由は、「形跡がほとんど残っていない」が、神埼市、多久市、小城市、鳥栖市、杵島郡大町町・白石町、三養基郡基山・みやき町の8市町。「施設がすでに所有者に返還されたり、他の施設に転用されたりしている」(多久市)、「国や県が明確に定義せず、取りかかりにくい」(佐賀市、西松浦郡有田町)の回答もあった。

 文化庁は、中世以前の遺跡は全て調査や保護を求めるが、近現代は市町が重要性を判断するとの考えだ。

 伊万里市は2012年、特攻兵器「海龍」の製造で知られる川南造船所の建物を撤去した。保存を求める声もあったが、地元住民が撤去を望んだことに加え、文化財としての評価が定まらないことも理由に撤去を決めた。一方で、戦時中に監視哨(しょう)や聴音壕が築かれたあぐり山(波多津町)は、地元住民がまちづくりと絡めて整備した。担当者は「一般的に近現代の戦争に関わるものは政治的意見や感情が絡み、扱いが慎重にならざるを得ない」と課題を挙げる。

 保護する場合、土地取得費などが必要だが、唐津市は「大きな防空壕や基地、軍需工場がなく、保護の認識は低い」と市民の理解を得る難しさを指摘する。

 佐賀県文化課は、全体調査について「地域の歴史としてとどめておくためにも必要」との認識を示す一方、「現在のところ実施の予定はない」とする。「戦争がいつの時代のものを指すか、どこまでを遺跡として扱うかを定義しなければならず、難しい」と明かす。

 九州の「戦争遺跡」に詳しいくまもと戦争遺跡・文化遺産ネットワーク(熊本県)の高谷和生代表によると、愛知、沖縄、福岡県が戦争遺跡を定義付けし、調査を実施しているという。佐賀県内については「目達原飛行場跡など調査すべきものはある」と指摘。老朽化や開発で取り壊されるケースが多く「調査で全体像を把握しなければ、どれが消滅したのかすら分からない」と問題視する。

 戦争遺跡保存全国ネットワーク(事務局・長野市)によると、「戦争遺跡」は全国に推計約5万件とされ、うち298件が文化財ととなっている。出原恵三共同代表は「今取り組まなければ、歴史に大きな空白を残す」と話す。(取材班)

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