ちょっとした細かいことにも、いちいち口やかましいのを「箸の上げ下ろしにまで…」と言ったりする。オムロンの創業者立石一真氏の祖母は伊万里の出身で、それを地で行くような、しつけに厳しい人だったという◆食事が終わると、孫たちが使った箸を火鉢に刺す。箸の先にどれだけ灰がつくかを調べるのである。灰がたくさんつけば下品にがつがつ食べたと叱られ、先に少しだけつけば、上品な食べ方だとほめられた。ひょっとすると、そんな家庭教育の伝統が、佐賀に息づいていたのかもしれない◆行儀にまで気を回す余裕のない時代にも、箸は大切な目安だった。昭和20(1945)年の敗戦直後、台風や大雨、異常低温が次々と列島を襲った。戦中の食糧難をどうにかしのぎ、秋の収穫を心待ちにしていた国民の落胆は大きかった。〈毎度の雑炊がだんだんと薄くなっていった。それに箸を立ててみて、箸が立つときは喜ばねばならなかった〉。当時、食べ盛りの旧制高校1年だった作家北杜夫は書いている◆きょうは8と4の語呂合わせで「箸の日」。時代とともに食のあり方は変わる。コロナ禍で大勢が箸をつつき合う光景は消えた。心が浮き立つひとときを箸は取り持ってきたのである◆人は空腹を満たすためだけに食事をするのではない。「上げ下ろし」より大事なことがある。(桑)

下記のボタンを押すと、AIが読み上げる有明抄を聞くことができます。

このエントリーをはてなブックマークに追加