神埼郡吉野ヶ里町と福岡県那珂川市にまたがる五ケ山ダム。写真中央付近に小川内地区、佐賀大橋(写真左上)付近に小川内小学校、その奥に大野地区があったという(高度約150メートルからドローンで空撮)

 

 神埼郡吉野ヶ里町の東脊振トンネルを福岡県側に抜けると、巨大な五ケ山ダムが眼下に広がる。全国的にも珍しい渇水対策を目的としたダムで、総貯水容量は4020万立方メートル。福岡県内で最大の規模を誇る。
 県境の佐賀県側にあった小川内地区と大野地区の住民たちは、ダム計画で移転を迫られた。先祖伝来の地を手放すことになり、強い反発もあったが、話し合いの末に工事が始まった。
 2006(平成18)年、全家屋が取り壊され、長い歴史を持つ集落はダムの底で眠りに就くことになった。樹齢700年を超える巨木で地域のシンボルだった「小川内の杉」は水没を逃れ、高台に移植された。
 小川内の杉の近くにある案内板には、隣国の筑前黒田藩に対し、肥前鍋島藩の防人(さきもり)が帯刀を許されて国境の防備を担ったことなど地域の歴史が記されている。
 ダムはいま、限界まで水をためて強度などを確認する試験湛水(たんすい)の真っ最中。これが終わると、ダムの本格的な運用が始まる。

2002年前後に撮影されたと思われる航空写真。(1)最も人口が多かった小川内地区(写真右)(2)水没する以前の大野地区(同左上、写真は上が北)(3)小川内小学校。オレンジ色の屋根は体育館で、上に新校舎、下に旧校舎が見える(同左下)※すべて吉野ヶ里町提供。それぞれの大まかな場所は、地図上に番号で記載

 

水没予定地にあった佐賀県指定天然記念物「小川内の杉」は、レールを敷いて43メートル高い場所へ約2カ月間かけて移植された(2016年4月9日)

2002(平成14)年
 ダム建設へ合意

2005(平成17)年
 小川内地区で離村式

2012(平成24)年
 「小川内の杉」移植
 試験湛水開始

2016(平成28)年
 ダム本体の工事着手

 

 

 

 

 

▶次回(8月10日)は小城市役所芦刈支所周辺

 

 

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