厚生労働相の諮問機関である中央最低賃金審議会は、2020年度地域別最低賃金の引き上げの目安を示さず、据え置きが適当だとする報告をまとめた。新型コロナウイルス感染拡大で業績が悪化した中小企業などの経営を支え、雇用を守ることを優先すべきだとした安倍晋三首相の意向を反映した結果だ。

 しかし国内消費の底上げを狙い毎年3%程度の引き上げを主要政策に掲げてきたのは安倍政権だ。コロナ禍では企業だけでなく労働者の生活も苦しい。中央審の結論を受け今後本格化する都道府県別の地方審議会では、労使双方がさらに知恵を出し合い、引き上げの道をなおも探ってほしい。

 日本の最低賃金は先進国でも最低レベルだ。ここで引き上げの流れが止まれば、政府が推進してきた賃上げによるデフレ脱却、社会保障財政の底上げ、さらには外国人労働者の呼び込みにも悪影響が避けられない。

 全ての労働者に適用される最低賃金は現在、全国平均で901円だ。安倍政権は「成長と分配の好循環をつくる」として「毎年3%程度引き上げ千円を目指す」との政策を推進。16年度からは4年連続で時給20円超アップし、今年の骨太方針にも「千円を目指す方針を堅持」と明記している。

 日本の雇用労働者は約4割が非正規雇用で、最低賃金に近い給与で働く非正規の世帯主も珍しくない。さらに、コロナ禍で注目される食品店員、宅配業者、医療や公共交通の関係者など社会に不可欠なエッセンシャルワーカーにもほぼ最低賃金で働く人たちは多い。現状の901円では週40時間働いても年収200万円に満たない。雇用を守ることが大前提ではあるが、社会全体で危機を乗り切るためにも最低賃金は引き上げが望ましい。

 だが中央審の議論は例年になく低調にならざるを得なかった。これは、安倍首相がコロナ禍を受け「中小企業、小規模事業者の厳しい状況を考慮して検討してほしい」と加藤勝信厚労相に指示したためだ。

 中央審が引き上げの目安提示を見送れば、地方審が独自判断で最低賃金の水準を決めなければならない。そのため地方は目安提示を強く期待した。だが政府側は「首相が従来方針は堅持するとしている以上、3%引き上げに達しない目安は示せない」との姿勢で終始。結果として、政府は地方に困難な判断を押し付けたと言わざるを得ない。

 かつてもリーマン・ショック後の09年度は、最低賃金が生活保護の給付水準を下回っていた12都道府県には「逆転解消」を要請しつつ、全体としては「目安なし」だった。それでも地方審は労働者の暮らしを支えるため、最終的に45都道府県が引き上げを決め、全国平均で10円程度上がった。苦しい状況でも、地方が中長期的な観点から主体的判断をした実績として評価できる。

 海外も同じ問題に直面する。経済協力開発機構(OECD)によると米国は国全体では日本より最低賃金水準が低いが、ロサンゼルス市などカリフォルニア州の各自治体は、コロナ禍で経営側が延期を求める中、時給15ドル(約1600円、従業員26人以上の場合)への引き上げを決めている。

 賃上げか雇用維持か―の二者択一では選択肢が狭すぎる。両極端の中間で何とか労使が落としどころを探るべきだ。(共同通信・古口健二)

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