インターネット上にあふれる匿名の誹謗(ひぼう)中傷を巡り、総務省の有識者会議は発信者を特定しやすくする制度改正の中間報告案をまとめた。被害者が訴訟を起こし、会員制交流サイト(SNS)の事業者などに開示を請求できる発信者情報に電話番号を加えることが大きな柱で、訴訟の負担を軽減し、迅速な被害救済につながるとみられる。

 さらに被害者の申し立てにより、訴訟なしに裁判所が発信者情報を開示するかどうかを判断・決定する「新たな裁判手続き」の創設を検討課題に挙げている。制度の詳細は、これから詰める。総務省は「できるものから速やかに実施する」としており、近く電話番号追加の省令改正を行う。

 もともと有識者会議は今年4月からネット上の中傷対策を議論していたが、5月にテレビ番組出演を巡ってSNS上で中傷にさらされた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなり、社会問題化したのをきっかけに検討を加速させた。対策は喫緊の課題だ。しかし発信者情報の開示拡大には、ネット上の活発な意見表明を制約する側面がある。

 憲法で保障された「表現の自由」や「通信の秘密」を守れるか。悪意のある投稿だけでなく、正当な批判までも封じられてしまうような事態は何としても避けなければならない。その点をしっかり踏まえ、議論を尽くすことが求められよう。

 木村さんのような著名人が“炎上”に巻き込まれることはよくある。一般の人が標的になるのも珍しくない。2002年に施行されたプロバイダー責任制限法は、被害者がSNS事業者やプロバイダーと呼ばれる接続業者に発信者情報の開示を求めることができると規定。総務省令で氏名や住所など開示対象となる情報が定められている。

 ただ業者側が任意で開示に応じることは、まずない。このため被害者は通常、SNS事業者に発信者のネット上の住所であるIPアドレスの開示を求め、それを基にプロバイダーに氏名や住所の開示を求める―と2回の訴訟を起こす必要があり、時間も金もかかる。

 電話番号は開示対象を必要最小限にする観点から対象外だったが、SNS事業者から取得できれば、弁護士を通じて携帯電話会社に照会し、本人を特定できるようになり、訴訟は1回で済む。

 有識者会議でも、異論はなかった。しかし訴訟を省いてしまう新たな裁判手続きについては「実質的に匿名による表現の自由の保護レベルを下げることになるのでは」「裁判になってもいいと思う人しかネット上で表現できなくなるのでは」と懸念の声が相次いだ。

 「手続きをつくることを決め、内容は後で決めるのは順序が逆だ」との厳しい批判もあり、有識者の半数に当たる6人が連名で慎重な検討を求める意見書を提出した。

 被害者が2回の開示請求訴訟を経ないと、発信者にたどり着き損害賠償請求訴訟を起こせない現状を打開しようという新たな手続きの狙いは分かる。とはいえ、手続きを簡単にし過ぎると、政治家や大企業が批判的な人物を割り出すのに悪用する恐れも大きくなる。

 プロバイダー責任制限法が制定されて以降、SNSなどネット上のサービスが急速に多様化し拡大する中、深刻の度を増す被害の救済と表現の自由のバランスをいかに取るかが問われている。(共同通信・堤秀司)

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