食べ物と旅の話を書かせたら右に出るものはない、といわれた作家内田百閒(ひゃっけん)に「餓鬼道肴蔬(こうそ)目録」という人を食ったような一編がある。〈さはら刺身 生姜醤油/たひ刺身/かぢき刺身〉…ただただ食事のメニューが並ぶ。焼き肉にコロッケ、シュークリームなど78品を書き終えたところで〈ソノ後デ思ヒ出シタ〉と、りんごやかまぼこなど6品を加えた◆執筆されたのは昭和19(1944)年6月。戦争で物資不足が深刻化していた。せめて記憶の中にあるうまいもの、食べたいものを書き残したかったという。食べられなくなると余計食べたくなる、どんな時代も一緒である◆戦時下でも「目録」の中の思い出だったマツタケが、今度は「絶滅危惧種」に認定された。生息する松林が減少しており、地球温暖化で松くい虫の生息域が広がったのも一因とか。「また憎き温暖化か」と毒づいたところで、わが家ではとっくに絶滅し、記憶のかけらもないのだが◆あすは土用の丑(うし)の日。同様に絶滅が危ぶまれるウナギだが、今年は稚魚の豊漁が伝えられる。県内でも子どもたちが放流に励んでいる。そんな地道な取り組みが実を結んでいるのならうれしい◆百閒先生は晩年、ウナギ好きが高じて月に28日も注文したそうである。それほど無茶は望むまい。わが家の食卓と共存の道を何とか探らねば。(桑)

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