駅前台地開発工事に併せて造成された「三井きやまニュータウン」=基山町宮浦

 1975年3月公表の『第1次基山町総合計画』で、町は目指す将来像を「ゆとりのある生活都市の創造」としている。都市の構造を、国鉄(当時)基山駅を核として中心商業地域・住居地域・農業地域・レクリエーション地域など西に向かって膨らむ同心円状のシエル(貝がら)型都市を目指す、としている。

 福岡、久留米などの都市に近い地理的条件に恵まれ、近隣都市のベッドタウンとしての性格を強めていった基山町は、中心商業地域として位置付ける駅前台地の開発に併せて、台地北西部に住居地域として総面積18万6千平方メートル、総区画数490区画の分譲宅地造成を計画する。

 後に「三井きやまニュータウン」と称する分譲宅地は、排水、ごみ処理施設、公園の設置など、町が定めた開発基準に適合。75年2月には県知事の開発許可が下り、駅前台地開発工事と併せて宅地造成の工事も三井鉱山が請け負った。

 75年8月に着手した工事は、80年3月には町内在住者、町内勤務者などを対象に25区画の特別限定分譲がスタート。3年後の83年4月には分譲住宅への入居世帯の増加などに伴い、基山町行政区の第3区から、三井きやまニュータウンを母体に第12区として分区独立する。(地域リポーター・久保山正和=基山町小倉)

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