額に入っていた田邊さんによる応援歌を調べてきた北波多中生徒会=唐津市の同校

北波多中の校長室に飾られていた応援歌の歌詞

田邊公志さん

 唐津市の北波多中が、長年歌われていなかった応援歌を復活させている。作者は元サクソフォン奏者で、帰郷後に一時教師として同校に赴任した同市和多田の田邊公志(たなべこうし)さん(91)。応援歌を調べた生徒たちは「学校への愛を感じる歌」と話し、再び歌い継ごうとしている。

 校長室に飾られていた額縁がきっかけだった。そこには「走れ大地をまっしぐら 跳べよ我が友空高く」「行こうみんなで腕を組み 北中!北中!我等が母校」などの歌詞と田邊さんの名前、歌の制作時期とみられる「昭和38年12月20日」が記されている。

 歌詞だけで曲が分からず、生徒会長の岩嵜友唯(ゆい)さんは「どんな歌なんだろう、と知りたくなった」と生徒会で応援歌復活に手を挙げた。手掛かりを見つけようと、当時の生徒に相当する70~72歳の住民に向けてアンケートを作成。4月中旬に全校生徒が協力して近所の人などに配り、歌にまつわる情報を募った。

 すると北波多中生も通う学習塾の塾長で、卒業生の渕上れい子さん(70)の目に留まった。「校歌が二つあると思っていた。中学2年の頃まで歌っていたはず」と渕上さん。この塾で講師のアルバイトをしている小西峻平さん(19)が田邊さんの孫だった。

 同市出身の田邊さんは若い頃、上京してサクソフォン奏者として10年ほど活躍、NHKの紅白歌合戦にも毎年出演していた。1963(昭和38)年ごろ、産休に入った教諭の代わりに北波多中に赴任し、音楽と英語を教えた。田邊さんは「短い間でも楽しくて、出ていく時は母校みたいに思ってね。感謝の気持ちを込めて作った」と目を細める。

 それから教壇に立つことはなく、応援歌のその後は知らなかった。今回原譜は見つからなかったものの、田邊さんは「復活してくれるなんて気持ちがうれしい」と当時を思い返して改めて曲を付けた。「勇ましく、元気に歌ってもらいたい」と生徒たちにエールを送る。

 生徒会のメンバーで歌の練習を重ね、6月の生徒総会で初めて披露した。生徒たちは「秋の体育祭の時に全校生徒で歌うのが目標」と言い、音楽の授業でも練習に取り組む。

北波多中で応援歌復活
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