安倍政権による地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」計画の断念を受け、自民党で敵基地攻撃能力の保有論が台頭している。防御手段が足りなければ、相手をたたくしかないという話だが、憲法に基づく専守防衛に抵触しかねず、慎重な検討が求められる。

 同時に、少子化で国力低下が不可避な近未来を直視し、身の丈に合った防衛の在り方を抜本的に論議すべきだ。

 これまで政府は、専守防衛の下でも敵基地攻撃能力を保有できるとの見解を踏襲してきた。論拠は1956年、鳩山一郎首相の「座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とはどうしても考えられない」との答弁。相手が武力攻撃に着手した段階ならば、日本から攻撃しても専守防衛に逸脱しないという論理だ。

 どの時点で敵が攻撃に着手と判断するか。2003年、当時の石破茂防衛庁長官は「東京を灰じんに帰すという宣言があり、ミサイルを直立させて燃料を注入」と例示した。だが、相手の攻撃着手の明確な線引きは難しく、敵基地攻撃の可否は時の政権の裁量に委ねられる公算が大きい。

 相手は「日本が先制攻撃を仕掛けた」と世界に喧伝(けんでん)するかもしれない。つまり、専守防衛との境界線はあいまいになる恐れが付きまとう。

 そもそも日本は戦後、日米安全保障条約に基づき、米軍を「矛」、自衛隊を「盾」とする役割分担で自国を守ってきた。日本が敵基地能力を保有すれば、日米同盟は変質する。それでなくとも日本は冷戦後、同盟強化の路線を突き進み、防衛費を増大させてきた。2020年度予算では5兆3千億円超で、一般会計歳出の5・2%を占める。

 果たして、防衛費は適切なのか。新型コロナウイルス感染症で予算に国民の厳しい視線が注がれる中、これを再検討するのが先決だろう。

 陸上自衛隊の定員は約15万人で、4万7千人近くの航空自衛隊と4万5千人超の海上自衛隊を足しても及ばない。予算配分も陸自4割強、海自と空自はいずれも3割弱と比率は固定的だ。海洋国家の日本で肝要なのは海と空での防御。制海権と制空権の死守であり、日本の領土で戦うようでは終わりだ。陸自の人員と装備を削り、海自と空自をもっと増強すべきだ。

 陸自には、地方での雇用確保と職業訓練の場として機能している側面がある。しかも自民党の大票田だけに、合理化が進まない。地方経済に配慮しながら陸自の改革にメスを入れるのが政治の責務ではないか。

 さらに、日本の防衛政策の指針である防衛計画大綱の基本概念を振り返ると、冷戦期は独立国として必要最小限の自衛力を保有する「基盤的防衛力整備構想」だった。それが過去10年近くで「動的防衛力」「統合機動防衛力」「多次元統合防衛力」と名を変えた。この三つは、相手の軍事力を基準にした脅威対抗型と言い換えてもいい。その想定は北朝鮮にも増して、軍事力を飛躍的に拡充する中国である。

 他方、少子化が進む日本では、自衛官の充足もままならない。国の借金は1千兆円を超える。このまま脅威対抗型の防衛政策を続ければ、いずれ国民生活へのしわ寄せは避けられない。日米同盟を堅持しながら、国力に見合った必要最小限の防衛力を整備する。その方策こそ熟考すべきだ。(共同通信・久江雅彦)

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