安倍政権の目玉政策である「全世代型社会保障」が停滞している。新型コロナウイルス感染拡大で検討作業が中断したのに加え、経済状況悪化を受けて国民に負担増を求める改革に政権内で慎重意見が強まったためだ。

 しかし安倍晋三首相は1月の施政方針演説で「2022年には団塊の世代が75歳以上となる中、現役世代の負担上昇に歯止めをかけることは待ったなしの課題だ」と強調した。コロナ対策は当然重要だが、迫り来る高齢化のピークを迎えるための制度改革を後回しにする時間的余裕もない。政府は中長期の政策目標を見失うべきではない。

 全世代型社会保障は、団塊世代が75歳になり始める22年に備える改革だ。年金や医療など高齢者に偏りがちだった社会保障給付の配分を見直し、元気な高齢者は支え手に回ってもらい現役世代の負担を抑える。昨年末の検討会議中間報告が、今夏までに成案を得て法制化に着手すると明記した75歳以上の医療機関窓口での自己負担引き上げが最大の柱と言っていい。

 75歳以上は持病が多く医療費が急増するが、財源は窓口負担を除き、国や都道府県などの公費5割、本人保険料1割、残り4割を現役世代からの支援金で賄う。このままでは現役世代の負担は限界に近づき、公費でカバーすれば赤字公債で将来世代へのつけになる。

 その対策として、原則1割負担の75歳以上の医療費を一定以上所得があれば2割に上げることが首相のトップダウンで進んだ。昨年10月には消費税10%がスタートし、負担増を矢継ぎ早に打ち出すことには厚生労働省も後ろ向きだったが、抵抗を押し切って中間報告に明記させたのは首相だ。

 だが、6月予定だった最終報告取りまとめは年末まで延期された。焦点だった2割負担を求める75歳以上の所得要件の線引きも先送り。政府が目指してきた今秋の関連法案提出も来年に延びる見通しで、改革の停滞は避けられない情勢だ。

 この背景には、まずコロナ禍がある。景気冷え込みで経済的に困窮する人が続出し、政権内には「この状況では高齢者の負担増の議論は難しい」との声が強い。その中で年内の衆院解散・総選挙も取りざたされ、特に与党議員は、有権者に不人気の政策には一層後ろ向きになっている。

 加えて日本医師会(日医)の会長交代の影響も注目される。本来日医は、高齢者の自己負担増は受診抑制で重症化を招きかねないと批判的だが、横倉義武前会長が柔軟姿勢を見せ、首相のトップダウンを後押しする形になっていた。ところが、6月の会長選で当選した中川俊男新会長は「是々非々で臨む」と見直し要求も辞さない構えだ。

 問題は、先頭でアクセルを踏んできた首相のリーダーシップがコロナ禍を機に不明瞭になってしまったことだ。全世代型社会保障の一環に位置づけられる公務員定年延長や最低賃金引き上げも腰のふらつきが否めない。

 しかし首相は施政方針演説でも「年齢ではなく能力に応じた負担へと見直しを進める」と「75歳2割負担」推進を宣言済みだ。今の議論を遅らせても解決にはならない。20年度予算の新規国債発行額は当初32兆円だったがコロナ対策で約3倍に膨らんだ。苦しくとも将来世代へのつけ回しを減らすのが、今の現役、高齢者世代の務めだろう。(共同通信・古口健二)

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