〈おもへば今年の五月には/おまへを抱いて動物園〉。中原中也の詩「また来ん春…」は、1歳半の長男と出かけた思い出がつづられている◆〈象を見せても猫(にやあ)といひ/鳥を見せても猫(にやあ)だつた〉。片言をおぼえたばかりの子が、初めて見る動物たちを前にはしゃぐ。世の親なら、誰にも似たような経験があるだろう。〈最後にみせた鹿だけは/角によつぽど惹(ひ)かれてか/何とも云(い)はず 眺めてた〉。そんな記憶を残して、長男は半年後に亡くなった◆東京で衰弱死した3歳の女児は、5月初めから外に出してもらえなかったという。ソファでふさがれ8日間も閉じ込められていた部屋には、菓子パンの袋や空のペットボトルなどが散乱していた。逮捕された24歳の母親はその間、鹿児島で交際相手と遊んでいた◆ちょうどコロナ禍の外出自粛の時期と重なるのが気にかかる。全国認定こども園協会のアンケートで、就学前の子育て家庭の6割が緊急事態宣言下で「怒りっぽくなった」と答えた。「子どもをたたいたり、たたきそうになった」も15%を超えた。事件は遠い出来事ではない◆どんなにつらいことも、「また来ん春」―やがて春は訪れる、と人は慰める。しかし、と中也は詩に書いた。〈春が来たつて何になろ/あの子が返つて来るぢやない〉…。幼い母も、そんな親ごころに胸痛むときが来るだろう。(桑)

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