この時季に思い返す一句がある。〈七夕竹惜命(しゃくみょう)の文字隠れなし〉。俳人石田波郷(はきょう)は戦地で肺を病み、30代半ばから長い療養生活を送った。特効薬が普及する前夜の、結核が死病だった時代である。療養所の七夕飾りに、患者たちの書いた短冊が結ばれていた。その一枚一枚から「生きたい」という切なる願いが伝わってくる…◆「惜命」。いのちを惜しむ。病苦に生涯向き合った人のことばが、これほど胸に響くときもない。正体の知れない新型ウイルスにおびえ、いままた平穏な日常を根こそぎ流し去った豪雨災害に背筋が震えている◆氾濫した球磨川流域では、日を追うごとに亡くなった人の数が増えていく。14人が心肺停止状態で見つかった特別養護老人ホームは、国土地理院の「重ねるハザードマップ」で深さ10~20メートルの浸水が想定される場所にあり、階上に避難するためのエレベーターもなかったという。思いたくはないが、入所者のいのちが軽くみられていたようで切ない◆梅雨前線の停滞で、県内もきのうから激しい雨に見舞われた。堤防が切れはしないか、裏山は大丈夫か。そんな不安に身をすくめながら過ごす一夜。きっと誰の胸にも「惜命」の文字が刻まれていたことだろう◆もうこれ以上、涙を流すことがありませんように。いまはただ、この願いを短冊にして天に届けたい。(桑)

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