中林梧竹のいとこ富岡敬明に送った余元眉の礼状「書簡二種」

副島種臣のため書き「愛逮瓦石」

 人との出会いを大切にしながら書一筋に生きた「明治の書聖」の人柄や交流の軌跡が浮かび上がる。小城市立中林梧竹記念館の収蔵品展「梧竹をめぐる人々」。地元出身の書家中林梧竹(1827~1913年)が明治時代に書の神髄を学んだ清国の初代長崎領事・余元眉(よ・げんび)をはじめ、親交が深かった書家の書簡や作品など31点を並べる。

 同館は年4回、各30~40点を入れ替えて展示。梧竹が87歳で亡くなるまでに出会った人々のうち激動の時代を共に生きた書家や政治家ら9人との関わりを示す資料を、エピソードや解説を交え紹介している。

 梧竹が書家として開眼するきっかけになった余元眉との出会いは、明治11(1878)年。古代の名筆を写し取った拓本を余から授かり、書の源泉を究めたとされる。

 1881(明治14)年に余が残した「書簡二種」は、梧竹のいとこで熊本県令を務めた富岡敬明に宛てた礼状。余は当時、熱心に書を学ぶ梧竹を「運筆に大いに力あり」と評価していたことなどもパネルで紹介している。

 梧竹は、明治時代の政治家で、書家としても知られる副島種臣とも長年、親交があった。副島の「梧竹道人揮筆(きひつ)図」は、中国・北京で「立ち書き」を習う梧竹の姿を描いたもので、梧竹が書いた漢詩も添えられている。

 故郷との関わりを示す資料では、実家に隣接した池上家に梧竹が贈った臨書「蒲柳之姿」を飾る。梧竹は帰省した際、池上家にあった能の稽古場で書作に励んでいたといい、「為池上君」と書かれた落款からも親しい間柄が読み取れる。

 ほかに、梧竹が生涯の手本とした王羲之の「十七帖」の臨書などを展示。梧竹と共に「明治の三筆」と呼ばれた書家の日下部鳴鶴(くさかべ・めいかく)、巌谷一六(いわや・いちろく)の作品も並べる。

 学芸員の島千襟(ちえり)さんは「それぞれの作品を見比べながら、梧竹が探究した文字の造形や余白の美しさも感じ取ってほしい」と話す。

 ▼小城市小城町の中林梧竹記念館常設展示室で8月30日まで。入場料200円(大学生以下は無料)。月曜と7月23、24日、8月11日は休館。電話0952(71)1132。

 

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