作家村上春樹さんの『ノルウェイの森』で、ピアニストを目指していた女性が主人公にこう問いかける。「あなた、楽器って少なくともこの何年かいじったことないでしょ?」。その人の手を見れば分かるのだという◆どんな手だろう。この何年どころか、何十年も楽器を触ったことがない筆者は演奏できる人が本当にうらやましい◆練習を1日休むと本人に分かり、2日休むと批評家に、3日休むと客に分かるといわれる音楽の世界。そんな厳しいプロの世界とは別に、もっと身近にもっと気軽に音楽を楽しめる場があっていい◆先月、佐賀市の保育園ひなた村自然塾で開かれた屋外コンサートに出かけた。メタセコイアの木々を揺らすように時折、涼風が吹き抜ける中、アルモニア管弦楽団の矢岡究道さんらによるバイオリンとチェロのやさしい音色が心地よかった。音楽は情景とセットになって記憶に刻まれ、人は時々、その音楽でつかの間の「時間旅行」を楽しむ。コロナ禍で文化は不要不急にされがちだったが、音楽はやはり、暮らしに欠かせぬ「心のビタミン」である◆コンサートでは「さんぽ」などアニメソングも演奏された。〈あるこうあるこうわたしはげんき/あるくのだいすき/どんどんいこう〉。園児たちの歌声にも力をもらった。コロナに大雨と不安は大きいが、前に進もう。(義)

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