大正12(1923)年の関東大震災で、東京は焼け野原になった。あらゆる生命が焼き尽くされたような焦土に、ほどなく藤や桜が返り花をつけた。〈九月の末に春が帰って来た〉。物理学者の寺田寅彦は感激をしるしている。〈崩れ落ちた工場の廃墟(はいきょ)に咲き出た、名も知らぬ雑草の花を見た時には思わず涙が出た〉◆生きるために、決して欠かせぬわけでもない花が、生きる支えになることもある。花が食べられないというのは、何たる徳であろう…詩人の杉山平一さんが書いている。〈人間の魂は、何の役にも立たぬ花や宝石やスターやひいきのチームや歌に熱狂する。あの姿こそ人間の美しさに違いない〉◆新型コロナの影響で中断されていた、サッカーJ1・サガン鳥栖の試合がきょう再開する。東京都の感染拡大など気がかりはあるものの、いつか散った花が、再びつぼみをつけたみたいに心は弾む◆コロナ禍による景気後退はスポンサー収入に頼るクラブ運営にも影を落とす。地域社会がプロチームをどう支えていくかが問われている。より深い関係が求められるとき、直接エールを送ることのできないもどかしさもある。サポーターにとっても「新しい日常」が始まる◆〈たのしみは朝おきいでて昨日まで無かりし花の咲ける見る時〉橘曙覧(たちばなのあけみ)。今夜ピッチに、どんな大輪が開くだろう。(桑)

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