旧優生保護法により不妊手術を強制されたとして、77歳男性が国に3千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁は手術について「憲法で保護された、子を持つかどうか決める自由を侵害した」としながらも、請求を退けた。最大の争点となったのは、不法行為から20年経過すると賠償請求権が消滅する「除斥期間」の適否だった。

 手術は1957年、14歳ごろに施された。男性が訴訟を提起したのは2018年。男性側は「差別を受ける可能性が高く、手術を受けた事実を公表して賠償を求めるのは困難だった」と特殊事情を訴えたが、地裁判決は損害が手術時に発生したととらえ、除斥期間が適用されると判断した。

 しかし96年まで、ほぼ半世紀にわたり存続した旧法が社会に残した爪痕は深い。周囲の差別や偏見を恐れ、いまだに声を上げられない被害者が多数いると支援団体などはみている。被害者に一時金320万円を支給する救済法が昨年4月に議員立法で成立、施行されたが、申請と支給が遅々として進まないのもそのためという見方が強い。

 判決はそのような実態と乖離(かいり)していないか。被害者に寄り添う姿勢に欠けると言わざるを得ない。衆参両院の事務局は6月に旧法の立法経緯や被害状況の調査を始めたが、国と国会は速やかに結果をまとめ、救済拡大に取り組む必要がある。

 強制不妊手術を巡っては、男女24人が国を相手取り全国8地裁に訴訟を起こした。今回は2件目の判決。昨年5月の仙台地裁判決は旧法を違憲と断じたが、国の賠償責任は認めず、請求を棄却した。東京地裁判決は旧法自体の違憲性には言及していない。ただ除斥期間の適用について詳細に検討しており、他の訴訟に与える影響は大きい。

 判決などによると、男性は問題行動を理由に入所させられていた教護院から何の説明もないまま病院に連れて行かれ、手術を受けさせられた。しばらくして不妊手術と知らされたが、誰にも言えず、20代後半で結婚。妻に不妊手術のことを打ち明けたのは7年前。妻が亡くなる直前だった。

 判決は「旧法が定める疾患などに該当しないのに、誤った審査で手術を受けた」と指摘。国に賠償責任が生じたとした。旧法は「不良な子孫の出生防止」を掲げ、知的障害や精神疾患、遺伝性疾患などを理由に手術を認めた。だが、ここで除斥期間が立ちはだかる。

 期間を形式的に進行させるのは酷との男性側の主張に、判決は時代を追って社会情勢を検討。70年代初めについて「意に反し優生手術がされたと認識しても、国に訴訟を提起することには、極めて強い心理的抵抗を感じたであろうことは十分推認される」と述べた。

 その後は旧法改正議論や社会的理解が進んだとした上で「どんなに遅くとも、96年時点で提訴が困難だったとは認められない」と結論付けた。

 つまり仮に除斥期間の起算点を遅らせる余地があるとしても96年までで、期間経過に変わりはないということだ。ただ男性を取り巻く状況には触れておらず、説得力に乏しいというほかない。

 さらに付言で、疾病や障害による差別のない社会の実現に言及しているが、そのためには国と国会、そして司法が、被害者らが置かれている厳しい実態と真摯(しんし)に向き合うことが求められよう。(共同通信・堤秀司)

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