判決を受け、報道陣の取材に応じる原告団長の金本友孝さん(左)=福岡市中央区

 東京電力への賠償を命じた一方で、国の責任については否定した24日の福岡地裁判決。原告団長で牧師の金本友孝さん(59)=鳥栖市田代代官町=は「前進できる望みを持っていただけに、がっかりしている」と肩を落とした。

 「捨てたくて捨ててきたわけではない。切なさ、やるせなさは決して忘れることはない」。金本さんは2011年の福島第1原発の事故後、東京や大阪を経て、妻の実家がある福岡県に自主避難し、13年3月から鳥栖市に移り住んだ。

 福島県いわき市では06年に教会兼自宅を新築したが、5年しか住むことができなかった。鳥栖市で過ごしたのはそれより長い7年3カ月。自らの居場所という認識はあるが「ふと、何で九州にいるのかと思うことがある」と話す。

 14年に提訴した当初、弁護団に「原告の筆頭に据えたい」と伝えられた。ただ、仕事と生活で手一杯の日々で「裁判に割く余力はほとんどなかった」(金本さん)。判決までに約5年9カ月を要し、一部で勝訴したものの、国の責任を認めさせることはできず「ふがいない団長で申し訳ない」と悔やんだ。

 「3・11」の事故で「多くの避難者が、仕事やふるさとなど、かけがえのないものを失った。自分の身に起きたらと想像してほしい」。19年12月に開かれた口頭弁論では、そう意見陳述した。控訴して戦っていくつもりで「黙っているぐらいなら抵抗してやろうという気持ち。ひっくり返せばいい」と気を入れ直した。

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