昭和54(1979)年の春、女優の香川京子さんは初めて沖縄を訪ねた。終戦から8年後に封切られた映画「ひめゆりの塔」に出演した縁で、戦時下で卒業証書を受け取れなかった、ひめゆり学徒の卒業式を取材する仕事だった◆沖縄戦末期の20(1945)年6月18日、負傷兵の看護に当たっていた師範学校女子部と第一高等女学校の生徒222人は突然、軍から解散を命じられ、砲撃の雨の中に放り出される◆映画では死を覚悟した少女たちが、大切に持ってきたセーラー服に着替えたり、水鏡で髪をとかしながら唱歌「故郷」を歌う。〈これほどつらい場面はなかった〉と香川さんは著書『ひめゆりたちの祈り』で振り返っている◆卒業間際で動員された女学生のために用意されていた卒業証書は、手渡されることなく、多くの命が戦場に散った。〈つらい卒業式だった。生き残りの人たちに「助かってよかった」という気持ちがまったくなかった。むしろ、生き残ってしまったことを「申し訳なかった」と感じていた〉。香川さんが見た、それが戦後の沖縄だった◆同様の悲劇はほかの若者にも、住民にも、兵士たちにもあったろう。沖縄戦終結から75年を経て、犠牲者の無念も、生き残った複雑な胸中も、時に忘れてしまう。きょうは沖縄慰霊の日。いまが歴史の続きだとあらためて思う。(桑)

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